「スカーレット・レター(緋文字)

ホーソン作・刈田元司訳

エキスパンドブック 445KB/ドットブック 245KB/テキストファイル 239KB

600円

法律によって、姦通を犯した印として胸に緋文字を縫いつけていなければならない女の生涯を描いたホーソンの代表作。近代アメリカ文学史を飾る傑作であり、当時の清教徒の生活意識や道徳観を超えた人間愛を描く心理小説。エキスパンドブックは、原書挿し絵10点入り。

ナサニエル・ホーソン(1804〜64)アメリカの小説家。マサチューセッツ州のピューリタンの旧家の生まれ。大学を卒業後も生まれ故郷のセーレムに住み、なかば隠遁的生活をしながら創作に精を出した。短編集「トワイス・トールド・テールズ」(1837)でようやく作家として認められた。初期作品のほとんどは歴史を扱った小品であり、植民地ニューイングランドにおける倫理的葛藤と、ピューリタニズムの影響を描いている。結婚後は生活のため税関に勤務した。1850年に発表した「スカーレット・レター」は成功を博し、あいついで代表作「7破風の屋敷」「ブライズデール・ロマンス」が書かれた。メルヴィルとの親交もよく知られている。

立ち読みフロア
  くすんだ色の服を着、ねずみ色のとんがり帽子をかぶり、あごひげをはやした一群の男たちが、ずきんをかぶったり、かぶらなかったりする女たちとまじって、木造の建物の前に集まっていた。その入り口の大戸はがっしりした樫(かし)材で、鉄の飾り鋲(びょう)が打ちつけてあった。
  新しい植民地の創始者たちは、人間の美徳と幸福のどんなユートピアをもともと計画したとしても、いちばん最初の実際的な必要物の中に、その処女地の一部を墓地に割り当て、他の一部を監獄の場所としてさだめることを必ず認めた。この法則にしたがって、ボストンの先祖たちが最初の監獄をコーンヒルの近所に建てたのは、ちょうどアイザック・ジョンソンの地所の彼の墓のまわりに最初の埋葬地をさだめたこととほとんど同じくらい時機を得たことであると考えても、まちがいではないであろう。ジョンソンの墓は、のちにはキングズ・チャペルの古い境内(けいだい)に集められたすべての墓の中心となった。この町がつくられて十五年か二十年後には、木造の監獄はすでに風雨のしみや老年を示す他の徴候があらわれていて、それがしかめ面(づら)の陰気な正面になおいっそう暗い表情を与えていたことは確かである。その樫材の大戸のどっしりした金具についたさびは、新世界のどんなものよりも古風に見えた。犯罪に関係のあるすべてのものと同じように、青春時代など知らなかったように見えた。
  このみにくい建物の前に、そして建物と車道とのあいだに草地があって、ごぼう、あかざ、朝鮮朝顔その他、監獄という文明社会の黒い花をこんなにも早く咲かせた土壌に、なにかみずからと気の合ったものを見いだしたらしいみっともない草が、一面にはびこっていた。しかし正面の一方の側には、ほとんど敷居のところに根をおろして、野ばらのしげみがこの六月の月に、優美な宝玉をいっぱいにつけていた。囚人がはいってきたり、死刑の宣告を受けた罪人が罪に服するために出ていったりするときに、自然の深い心が彼をあわれみ、彼に親切である証拠として、野ばらの芳香とかよわい美を与えていると想像できるほどであった。
  このばらのしげみは、不思議な縁で、歴史上に生きのこってきたのだ。もとそれをおおっていた巨大な松や樫の木がたおれてのちも長く、きびしい荒野からただ生きのびてきたにすぎないのか……あるいは、信ずべきじゅうぶんな根拠があるのだが、聖者とされたアン・ハッチンソンがこの監獄の大戸をくぐったとき、その足跡からはえてきたのか、われわれはそれを決めないことにしよう。その不吉な監獄の正面から今はじまろうとしているこの物語のいちばんはじめに、それをさっそく見つけたので、われわれとしてはその花のひとつを折りとって、読者にささげるよりほかにいたしかたがないであろう。願わくば、その花が話の道すじに見いだされるなにか美しい精神の花を象徴し、人間のもろさと悲劇をかたる物語の暗い結末をやわらげるものとして役だつことをのぞむだけである。

……《監獄の大戸》より


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