「紅はこべ」

オークシイ/中田耕治訳

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600円

いまやフランスの支配者は民衆! 栄華を誇った王侯貴族はみな国家の叛逆者なのだ……老若男女子供を問わず、ギロチンの刃は連日犠牲者を追い求める……恐怖に駆られた貴族たちを救うべく、ドーヴァーの彼方イギリスから謎の秘密結社「紅はこべ」が神出鬼没の活動を展開する。首謀者は果たして何者なのか? サスペンスとミステリー、恋と冒険とが渦まく、古典ロマンの代表作。

オークシイ(1865〜1947)ハンガリーの男爵家に生まれ、イギリスで活躍した作家。 そのため、バロネス・オルツィとも呼ばれる。バロネスは男爵(バロン)の女性形である。歴史ロマン作品『紅はこべ』で有名であるが、安楽椅子探偵の先駆けと言われる『隅の老人』シリーズ、女性警官レディ・モリーが活躍する『レディ・モリーの事件簿』でも知られる。

立ち読みフロア
 ごうっと渦をまき、わきかえり、ひしめきあっている群集。もはや人間とは名ばかりで、いやしい欲望、はげしい復讐と、憎しみの念に燃えあがっている彼らは、その形相といい叫び声といい、まさに野獣そのものだった。
 時は、日没近く、ところは西のバリケード。ここは十年後に、あの勝ち誇った暴君、ナポレオンが、国民の栄光と自分自身の虚栄のために、あの不朽の記念碑、凱旋門をたてた場所にほかならない。
 その日、一日じゅう、ギロチンはおそろしい作業に追いまくられていた。過去数世紀にわたって、フランスが誇りにしてきた門閥、名家はことごとく、自由と博愛をもとめる革命フランスの希望のために粛清されてしまった。こんなおそい時刻になって、やっと大量虐殺が終ったばかりだった。が、それもちょうどバリケードの門が閉ざされる寸前のほうが見物人にとってはおもしろい光景が展開するためだった。
 そのため、群集は、死刑執行が見られるグレーヴ広場から、なだれを打って、このおもしろくて痛快な光景を見ようと四方のバリケードに押しよせた。
 毎日見られる光景だった。なにしろ、貴族たちときたら、まったく阿呆もいいところだからなあ!
 もとより、貴族のやつらは人民にとっては叛逆者なのだ。男、女、子どもを問わず、あの十字軍以来、フランスの光栄になってきたおえらがた、つまり、フランスの古い貴族の子孫に生れあわせたものは、ことごとく叛逆者なのだ。彼らの祖先は人民をくるしめ、優美なバックルのついた赤い靴で、人民を踏みにじってきた。だが、いまや人民がフランスの支配者になった。そして、こんどは逆に、もとの支配者を踏みつぶしたのだ。――ただし、靴の踵(かかと)で踏みつぶしたわけではない。当時、人民はたいていはだしで歩きまわっていたからである――そのかわり、もっと効果的な重さをもつギロチンの刃(やいば)の下(もと)に押しつぶしたのだった。
 毎日、時々刻々に、このいまわしい殺人機械は、おびただしい犠牲をもとめつづけた――老人、若い女性、いとけない子どもたち、はては、国王と美しい若い王妃の首まで要求することになった。
 しかし、これは当然だった。いまやフランスの支配者は人民ではないか。貴族なら誰でも叛逆者なのだ。この二百年来、人民はあくことを知らない宮廷に法外な贅沢(ぜいたく)をさせるため、汗水たらして働きつづけ、飢えつづけてきたのだ。幾代にもわたって宮廷に光彩を添えてきた、こうした貴族たちの子孫たちが、いのちからがら身をかくさなければならなくなっている――遅まきながらめぐってきた人民大衆の復讐をさけるためには逃亡しなければならなくなった。
 貴族たちは身をかくそうとした。脱出しようとした。それこそ何よりおもしろい光景(みもの)だった。
 毎日、午後の閉門時刻まえ、市場の荷馬車がぞろぞろ列をなして、あちこちのバリケードの門から出て行くころになると、人民公安委員会の爪の一撃から逃れようとする貴族の阿呆が、きまって一人や二人あらわれる。さまざまな姿に身をやつしては、ずいぶんいろいろ考えた口実で、革命政府の市民兵が厳重に固めている検問所を通りぬけようとする。男が女の衣裳を着たり、女は男装し、子どもたちは乞食の着るようなボロをひっかけた。逃げようとする連中のなかには、あらゆる身分のものがいた。もと伯爵、もと侯爵、そればかりか大公さえいた。フランスから脱出して、イギリス、その他のいまいましい国に落ちのびたうえで、外国人たちに、このフランスの輝かしい革命に対する反感をそそらせ、現在、大寺院に幽閉されて死刑の執行を待っているあわれな囚人たち、かつてはフランスの君主と名のったひとたちを解放するために、反革命の兵をあげさせたいと考えているのだった。
 ところが、どっこい、彼らはたいてい城門のところで検挙されるのだった。とくに西門の、ビボー軍曹は、どんなに巧妙に変装している貴族でもズバリ嗅ぎつけてしまう。むろん、それからさきがおもしろい。
 猫がねずみを見すえるようにビボーは自分の餌食(えじき)を眺めやる。ときには十五分も、相手をからかうつもりで、やんごとない前侯爵さま、伯爵さまが正体をかくすためにこらした変装や、かつら、そのほかいろいろとお芝居じみた扮装(メーキャップ)にまんまとひっかかったふりをしてみせる。
 いやあ! ビボーのおとぼけぶりは、まったく愉快なものだった。だから、西バリケードのあたりに押し出して、あわや人民の復讐の手から逃がれようとする貴族を、まさにその瞬間にとりおさえるところは、なんとしても見物しなければ話にならない。
 どうかすると、ビボーは自分の餌食をわざと城門の外に出してやることもある。このぶんなら、ほんとうにパリを脱出し、無事にイギリスの海岸に逃げおおせるだろうと、少くとも二分間はぬかよろこびをさせてやる。ところが、ビボーは、この不運なおバカさんが自由な市外にむかって十メートルばかり行ったとたんに、二人の兵士をやって、すっかり変装をはぎとってつれもどす。
 これまた、すごく愉快な見ものだった。なにしろ変装をはぎとってみたら女だった、などということもある。さる高慢ちきな侯爵夫人が、とうとうビボーの爪にかかった。翌日は即決裁判、そのつぎにはギロチン夫人のやさしい抱擁が待ちかまえていると知ったときの、なんともこっけいなようすときたら。
 晴れわたった九月のある午後、ビボーの門にむらがった群集が、わいわい熱狂し、興奮しきっていたのも不思議ではない。血をもとめる欲望は、みたされればみたされるほど、ますますはげしいものになる。それは飽くことを知らなかった。群集は、今日も、百人からの貴族の首がギロチンの下に落ちるのを見ていた。翌日もさらに百個の首が落ちるのを見たがっていたのだ。
 ビボーはバリケードの門のそばにぴったり寄せた空樽を逆さに伏せて、でんと腰をおろしていた。市民兵の一小隊が彼の指揮下におかれている。仕事は最近めっきりふえてきていた。あの呪うべき貴族たちは、恐怖におびえ、必死になって、パリから脱出しようとしていた。縁の薄い者でも、あの悪逆なブルボン王家に祖先がつかえたことがあれば、その子孫は、男も女も、子どもたちも、みな叛逆者であって、当然ギロチンの餌食になる。ビボーは、連日のように王党派の逃亡者たちの仮面をひっぱがし、あの愛国者、市民フーキエ・タンヴイルを委員長とする人民公安委員会に送りつけ、審理をうけさせることに満足を味わっていた。
 ロベスピエールもダントンも、いずれもビボーの熱心さをほめたたえたし、ビボー自身も、自分ひとりの力で少くとも五十人からの貴族たちをギロチンに送ったことを誇りにしていた。

……
冒頭より

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