「狭き門」

アンドレ・ジッド/中村真一郎訳

ドットブック  187KB/テキスト版 112KB

300円

ジェロームのアリサへの愛は、「頭脳の恋」であった。相手のなかに自己の理想の反映を見出し、偶像として祭り上げてしまったとき、それを知った相手は「あるべき姿」を負担に思うようになる。アリサの死後、ジェロームに贈られた遺書「アリサの日記」はその心の葛藤を生々しく語る。 「この作品はまことに平易な文章で綴られている。それなのに、その行間がもたらす緊張感とこの作品を読みながら促される思索の一貫性については、まったく類がないほどの質になっている。まさにアンドレ・ジッドの彫琢だ」…松岡正剛。

アンドレ・ジッド(1869〜1951)20世紀前半のフランスの代表的作家。パリ生まれ。何度かの北アフリカ旅行を契機に象徴主義から離れた作品を書くようになり、本書をはじめ「背徳者」「贋金つくり」などの話題作を発表。「コンゴ紀行」では自国の植民地政策を批判、「ソビエト紀行」ではスターリニズムに反対する姿勢を鮮明にし、第二次大戦中は反ナチ・反ファシズムの姿勢を貫いた。

立ち読みフロア
 …………
 アリサ・ビュコランが美しいということ、それはまだ私が気がついていなかったことだった。私は、単なる美しさとは違った魅力によって、彼女のそばに引き寄せられ、つなぎ止められていた。たしかに、彼女は母親にたいへんよく似ていた。しかし、彼女の眼差しはひどく違った表情を浮かべていたので、私はあとになってから、ようやく二人の類似に気づいたのだ。私は、容貌を描写することができない。目鼻だちや、目の色までつい忘れてしまう。ただ、私はすでにその微笑の示す、ほとんど悲しいような表情と、眼の上の方に極端に離れて、目から大きな弧を描いて遠ざかっている眉毛の線とだけを、わずかに思い出すにすぎない。そういう眉毛を、私はどこでも見たことがない……いや、しかしダンテの時代のフィレンツェの小さな彫像にはあった。そして、子供のころのベアトリーチェは、きっとそういう非常に大きな弧を描いた眉毛をしていたろうと、私は好んで想像してみる。それは、彼女の眼差しに、彼女の身のまわり全体に、不安そうな、同時に信頼しきったような問いかけの表情を与えていた。すべてが彼女にあっては、質問と期待にほかならなかった……こうした問いかけの風情がどのようにして私をとらえ、私の生涯を左右したのか、私はやがてお話しすることになるだろう。
 しかしながら、ジュリエットのほうがもっと美しいと見えたかもしれない。彼女のうえには、歓びと健康が光を放っていた。だが、その美しさは、姉の優雅さと並べると、外面的なものに思われ、ほんのひと目で、だれにもわかるものに思われた。従弟のロベールはどうかといえば、これはべつにきわだった特徴もなかった。単に、私とほぼ同年齢の少年にすぎなかった。私は、ジュリエットや彼といっしょに遊んだ。一方、アリサとはいつも語り合うのだった。彼女は、私たちの遊びにはほとんど加わらなかった。過去のなかにどれほど遠く踏みこんでみても、真面目で、優しく微笑し、物思いに沈んだ彼女の面影しか浮かんでこない――私たちはどんなことを話し合ったろう? 二人の子供にどんなことが語り合えただろう? それはすぐにお話しするつもりでいるが、それよりまず、そして今後もう叔母のことは再び語ることもなくてすむように、私は、叔母に関することがらを、すっかり話してしまおうと思う。
 父の死の二年後、私たち、母と私は復活祭の休暇をル・アーヴルに過ごしに行った。私たちは、市中でかなり手狭な家に住んでいたビュコラン家ではなく、母の姉の家に泊まることになったが、この家はずっと広かった。プランティエ伯母には、私はほんのたまにしか会う機会がなかったが、この人はもう長いこと未亡人でいた。叔母の子供たちは私よりもずっと年上だし、性質もひどく違っていたので、私は彼らのことはほとんど知らなかった。ル・アーヴルの人々の言い方にならえば、《プランティエ家》は、市中ではなく、市街を見おろす、《山の手》と呼ばれている丘の中腹にあった。ビュコラン家は商業区の近くに住んでいた。急な坂道が、この両家をかなり短い時間で往復させてくれた。私は日に何度もこの坂を駆け降りたり、駆け登ったりしたものだった。
 その日、私は叔父の家で昼食をした。食事が済むとすぐに、叔父は出かけた。私は叔父に事務所までついて行き、それから母をさがしにまたプランティエ家へ登って行った。そこで、母は伯母といっしょに外出していて、夕食まで帰らないだろうということを知らされた。すぐ私はまた市中に降りて行ったが、自由に市中を散歩できるということは、めったにないことだった。私は港まで行ってみたけれど、海からの霧で港は曇ってきた。私は一、二時間ばかり波止場をぶらついた。とつぜん、さっき別れたばかりなのに、アリサをふいに訪ねてみたいという欲望が私を捕えた。……私は市中を駆けぬけ、ビュコラン家の玄関のベルを鳴らす。すでに、私は階段を駆け上がっていた。すると、玄関の扉をあけてくれた女中が私を引き止める。
 ――お上がりになってはいけません! ジェロームさま、お上がりにならないで。奥様が発作を起こしておいでですから。
 しかし、私は押しきって進む。
 ――僕が会いにきたのは叔母さまじゃないんだ……
 アリサの部屋は四階にある。二階には客間と食堂。三階には伯母の部屋があり、そこから話し声が響いてくる。扉はあけてあり、私はその前を通らなければならない。部屋から射し出て、一条の光線が階段の踊り場を横切っている。姿をみられはしまいかと心配して、私は一瞬ためらい、その場に隠れる。そしてこういう光景を目にして、茫然となった。カーテンをしめ、二つの燭台の蝋燭が楽しげな光を拡げている部屋の真ん中で、叔母が寝椅子に横になっている。その足もとには、ロベールとジュリエット。彼女の後ろには、中尉の軍服を着た未知の青年。――二人の子供がそこにいたということは、今になってみれば、途方もないことだと私には思われる。が、当時は無邪気だったので、むしろ私はそれで安心させられたのだった。
 子供たちは笑いながら、ほっそりと澄んだ声でこう繰り返す未知の青年を見つめている。
 ――ビュコラン! ビュコラン! ……もし僕が羊を飼ってたら、たしかにビュコランと名をつけますね。
 叔母もはじけたように笑う。私の目には、叔母が青年に巻煙草を差し出し、青年がそれに火をつけ、叔母が二、三服ふかすのが見える。煙草が床に落ちる。青年は飛んでいってそれを拾い上げ、ショールを足にひっかけたようなふりをして、叔母の前にひざまずく……この滑稽なお芝居のおかげで、私は姿を見られずにそこを通りぬける。

 いま、私はアリサの部屋の戸口にいる。私は一瞬待つ。笑い声や高い話し声が、階下から昇ってくる。そして返事がないところを見ると、たぶんそのために、私のノックする音はかき消されてしまったのだろう。私はドアを押す。それは音もなく開いた。部屋はすでに薄暗くなっていたので、アリサの姿はすぐには見わけがつかない。暮れかけた陽の光が落ちこんでくる窓に背を向けて、彼女はひざまずいて、ベッドの枕もとにいる。私が近寄るとふりむきはしたものの、起き上がろうとしない。彼女はこう囁(ささや)く。
 ――まあ! ジェローム、なぜもどってきたの?
 私は身をかがめて接吻しようとする。彼女の顔は涙にぬれている……
 この瞬間が私の生涯を決定したのだ。いまもなお、その瞬間を苦悶なしでは思い出せない。たしかに、アリサの悲嘆の原因は、私にははなはだ不完全にしか理解できなかった。しかし、おののいているこの可哀そうな魂にとって、嗚咽(おえつ)にうちふるえるこのかよわい肉体にとって、その悲嘆があまりに強すぎるものだということを、私はひしひしと感じていたのである。

 私はひざまずいたままの彼女のそばにたたずんでいた。私は心に起こったこの新たな感動を表現するすべを知らなかった。しかし、彼女の頭を私の胸に抱きよせて、私の魂がそこから流れ出る唇を、彼女の額に押し当てていた。愛と憐れみ、それから、興奮と、自己犠牲と、徳との定かならぬ混じり会いに陶酔して、私は力のかぎり神に呼びかけた。そして、自分の生涯には、この少女を恐怖から、悪から、そして生活から守ってやる以外には目的はない、と考えながら、その仕事に献身しようと決めていた。私はとうとう、祈りの心にみちてひざまずく。私は彼女をかばうように抱く。すると、かすかに彼女がささやく声が聞こえた。
 ――ジェローム! あの人たちに見つからなかったでしょうね? さあ! 早く帰ってちょうだい! 見られてはいけないわ。
 それから、いっそう低い声で、
 ――ジェローム、だれにも話さないで……お気の毒に、お父さまはなにもご存じないのよ……

……冒頭に近い場所より


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