「白き処女地」

ルイ・エモン/池田公麿訳

ドットブック 196KB/テキストファイル 135KB

500円

厳しいカナダの大自然の中に生きる開拓農民のサミュエル・シャプドレーヌ一家。娘のマリアは森林伐採場の現場監督フランソワ・パラディに淡い恋心を抱く。フランソワはマリアに会うために出かけた深い雪山で道に迷い、帰らぬ人となった。その後に訪れたマリアの母の死によって、大自然でたくましく生きることの意味を悟ったマリアは、都会への憧れを捨て、大地に生きる決心を固める。一人の若い女性の魂の成長を描く二十世紀初頭のフランス文学の傑作。

ルイ・エモン(1880〜1913) フランスのブレスト生まれ、パリ育ち。父親は一流の学者であり、教育者でもあった。ルイはリセ(高等中学校)を卒業後、英国に渡り、職を転々としながらスポーツ誌に雑文を書き、小説に手を染めた。結婚して一女をもうけたが、放浪癖のためか、妻子と別れ、新天地を求めてカナダに。「白き処女地」はそこで書かれたが、ルイは各地を旅行する途中、列車に触れて32歳で不慮の死をとげた。この作品は死後に出版された。

立ち読みフロア
《イテ・ミサ・エスト》〔「往けミサは終われり」の意で、ミサ聖祭の終わりを告げるラテン語〕
  ペリボンカの教会の扉があき、人々が外に出はじめた。

 そのすこし前、ペリボンカ川の高い堤の上にちょこなんと立っているこの教会は、うちすてられたような姿を見せていた。そして、凍(い)てついて、雪におおわれたペリボンカ川の水面はまるで平原さながらであった。雪は、道路をも、畑をもあつくおおっていた。というのは、四月の太陽は、灰色の雲間を通してほんのわずかの熱気のない光しか送ってこず、春の大雨もまだやってはこなかったからである。あたり一面の冷たい白さ、木造の教会と往来にそって疎(まばら)に建っているこれまた木造の数軒の家々の小ささ、まるでおびやかすようにせまっている森の薄暗いふち、これらことごとくが、峻烈(しゅんれつ)な土地におけるきびしい生活のさまを物語っていた。だが、いましも、人々や若者たちは教会の戸口をまたぎ出て、階段下の広場にグループをつくって集まっていた。そして快活な挨拶、グループからグループヘ投げかけられる冷やかし半分の呼びかけ、深刻だったり陽気だったりする話題の絶え間ないやりとりなどは、これらの人々が、この上ない陽気さに満ちあふれた人々に属し、なにがあっても笑わずにはいられない人々であることを物語っていた。
 鍛冶(かじ)屋のタデエ・プザンの息子クレオファ・プザンは、すでに、肩幅の広い薄色のアメリカ風の夏服を着て得意になっていた。ただこんな寒い日曜日のために、帽子だけは冬物で、自分ではフエルト帽をかぶりたいところだが、そのかわりに、裏地にウサギ皮をはった、耳覆いのある黒いラシャ帽をかぶっていた。
 彼のそばには、エジド・シマールと、彼と同じように遠くから橇(そり)に乗ってやってきていた連中が、教会から出ながら、赤いベルトでウエストをしめあげた厚ぼったい毛皮のコートにホックをかけていた。ラッコ襟(えり)のマントをたいそう優雅に着こなした村の若者たちは、ナゼール・ラルーシュ老人に向かってうやうやしく話しかけていた。骨太で肩幅が広く、ごま塩頭で大男のこの老人は、ミサに来るときはいつもふだん着の服装を変えたことはなかった。それは、裏地に羊皮をつけた褐色の布地の短めの上着、つぎのあたった長ズボン、それに、灰色の羊毛のぶ厚い靴下の上に鹿皮(オリニヤル)の靴といったいでたちであった。
「ところで、ラルーシュさん、向こう岸では相変わらずうまく運んでいますか?」
「まあな、若い衆。どうやらだ!」
 みんなはめいめいポケットから、パイプと刻みタバコを詰めた豚の膀胱(ぼうこう)を取り出し、それを、一時間半も窮屈にしていたあとなので、いかにも満足げに吸いはじめた。最初の一服を深々と吸いこみながら、彼らは、天候のこと、やがてやってくる春のこと、サン=ジャン湖や他の川の氷の様子のこと、自分たちの仕事のこと、教区のニュース、それに、遠距離と悪路のため週に一度しか姿を現せない人たちのことなど、次々に話題にしていた。
「湖はまだいいのだが」と、クレオファ・プザンが言った。「しかしなぁ、川の方はもう期待できねえ。今週、島の向かい側の砂洲一面の氷が割れてしまったよ、ほれ、冬中ずっと暖かい穴があったところよ」
 他の連中は、まだ地肌ものぞいていないうちから、収穫の予想を立てはじめていた。
「今年はどうやら不作らしいのう」と、ひとりの老人が言った。「しまい雪が降るめえに地面が凍ってしまったからな」
 やがて話題もさめると、一同は階段の最上段を振り返った。そこには、ナポレオン・ラリベルテが、毎週やるように、教区のニュースを伝えようと待ちかまえていた。
 彼は、山猫皮の大きなコートのポケットに両手をすっぽりつっ込みながら、額にしわをよせ、深々とかぶった毛皮帽の下の鋭い目をなかば閉じて、しばらくのあいだ身動きせず、ものも言わずに沈黙を待った。そして、ようやくまわりが静かになると、あたかも坂道で馬を叱咤(しった)激励する御者のように、あらんかぎりの声でニュースをがなりはじめた。
「河岸の工事が間もなく始まる……役所から金を受け取ってある、雇われたい者は晩祷(ヴェブル)までにわしのところへくればいい。金をケベックに返さずにこの教区にもたらせたいと思うならば、早めにわしのところへきて雇われたいと申し出ることだ」

……冒頭より


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