「死者だけが血を流す」
 

生島治郎著

ドットブック版 193KB/テキストファイル 154KB

500円

やくざ稼業から足を洗おうとした牧良一は、組織から差し向けられた刺客の弟分を殺してしまう。悔恨と自責の日々を送る牧に、政治家進藤が救いの手をさしのべる。牧は進藤に全幅の信頼を寄せるのだったが、非情な選挙戦を通じて政治家の策謀に打ちのめされる。北陸の古都を舞台に暴力団と政治家の醜関係を描出する野心作。

生島治郎(いくしまじろう、1933〜2003) 日本のハードボイルドの生みの親、第一人者。上海生まれ、引き上げ後、金沢に住む。早大英文科を出、知人の紹介で早川書房に入社。26歳のとき都筑道夫のあとをうけ『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の編集長。1963年、退社し、『傷痕の街』で作家としてデビューした。1967年には『追いつめる』で直木賞。以後、「傷跡」「黄土」「志田司郎」「兇悪」など多くのシリーズを手がけ人気作家となった。大沢在昌は生島治郎の作品を読んで作家をめざしたという。

立ち読みフロア
 北陸の京都と呼ばれるその古い街は、今、夜明けを迎えようとしていた。
 夜露にしっとりと濡れた屋根瓦の列が、薄明(はくめい)の中に、黒い流れのように幾条も姿をあらわしてくる。それらは時代の年輪に洗いつくされた美しさを、見る人に訴えかけずにはおかない流れだった。
 つい最近建てられたばかりのNホテルは、駅の広場のはずれに、これらの流れに背を向けて立っていた。その白い六階建てのビルは、スマートな様式のせいで、かえって、足許に押し寄せる黒い歴史の流れに立ちすくみ、心細げに爪先だっている少年を思わせる。
 牧良一はNホテルの五階の窓から、はるか向うまで拡がる屋根瓦をじっとみつめていた。荒天の朝、舟出の準備にはげむ漁師たちが見せる、あのきむずかしい皺(しわ)が、彼の眉(まゆ)の間にもきざまれている。
 みつめているうちに、黒い流れはふくれあがり、押し寄せ、無言のまま彼を圧倒してしまいそうだった。その低い家並(やな)みは、老人の列に似ていた。黒い頭巾をかぶり、雪国の身を凍らせる風に低く頭をたれ、しぶとく、頑固に、だまってうずくまっている老人の列。老人たちは、寒風に向かって無防備に立っている経験の浅い若者たちを心で嘲笑(わら)いながら、なにひとつ教えてやろうとはしないのだろう。
 牧は窓から眼をはなすと、部屋の中をふりかえった。
 目の前に、クりーム色の壁、緑色の絨毯、それから、二つの柔かいベッドがあった。それらの機能的でモダーンな調度が、なつかしく感じられた。彼は眉をひらくと、そのベッドのひとつに歩みよった。
 右側のベッドの上で、オリーヴ色の毛布を腰までかけたきりの女が、枕に顎(あご)をうずめて、大柄な裸身を横たえていた。枕許のスタンドの灯りが脂肪ののった白い背中の肩甲骨のあたりに、ぼんやりと影をにじませている。牧は手をのばすと、かすかに汗ばんだ女の背中に指を走らせた。
「くすぐったいわ」
 宮野小枝(さえ)子は、身をよじらせて、身体の向きを変え、牧をあおぎ見た。
「窓のところで、なにをしてたの?」
 牧はゆっくりとベッドの上にのぼり、小枝子と並んで腹ばいになった。
「瓦(かわら)さ」
 と彼は答えた。
「屋根瓦を見ていたんだ」
「瓦?」
「ああ、そうだよ」
 小枝子は小さくふくみ笑いをもらして、牧のたくましい肩に手をのせた。
「瓦が好きなの?」
「その反対だよ。あんなものがなくなればいいと思っていたんだ。古くて美しいものを見ていると、おれは無性にいらだたしくなる。時代のせいで美しくなったものを見ると、と云うべきかな。おれは、新鮮で生き生きしていて、人間の手垢(てあか)がまだべたべたついているようなものが好きなんだ」
(たとえば、きみの身体だ)
 そう思いながら、牧は自分の肩におかれた小枝子の手をにぎった。
「あんな瓦なんか、戦災で焼ければよかったのよ」
 小枝子は意地わるそうに唇をとがらせた。
「そうすれば、この街の人たちももっとしゃっきりしたはずだわ。なまじ、焼け残ったものだから、昔通りの陰気な家にとじこもって、みんな他人の足をすくうことばかりこそこそ考えている……」
「そんな街から出て、なぜきみは東京へ帰らなかったんだ?」
 牧の問いに、小枝子は黙りこんだ。彼女は意味もなく、白い掌(てのひら)をスタンドの灯りにかざした。
「なぜかしらね、自分でもわからないわ」
 と彼女は呟(つぶや)いた。
「あたしがここへ来たのが、終戦の年だから、もう二十年近くなるわけね。帰りたい、帰りたいと思いながら、二十年よ」
「おれが引きあげてここへ来たのは十三の時だった」
 牧は眼をつぶった。
 おびえた眼つきをし、栄養失調で蒼(あお)くむくんだ頬(ほお)を寒さに鳥肌たてながら歩いてゆく少年の姿がありありと目に浮かぶ。
 十三の時の牧自身の姿だった。
 その頃、彼は中学一年生で、冬の朝を憎んでいた。雪が降り積むと、市電は動かず、学校までの一里近い道を歩いていくより仕様がなかった。ひもじさに眼がくらみそうになりながら、穴のあいた靴をいたわりいたわり、白い朝を歩きつづけた。
 歩いていると、はじめはあてどない憤りが胸の中でくすぶりはじめ、やがて、その憤りさえ寒さに凍りついてしまうと、あとはただ一刻も早く学校へたどり着くことだけが願いだった。
 しかし、着いてみても、凍った身体を暖めるものがなにひとつあるわけではなかった。窓ガラスは破れ、雪まじりの風が容赦(ようしゃ)なく吹きこむ教室には、ストーヴも火鉢(ひばち)もない。生徒たちは、ふるえながら、机にすわっているだけだった。
 戦争も末期にちかく、教科書の配給がなかったから、机の上にはノートだけがひろげられてあった。地元の生徒たちは、それでも、先輩たちから教科書をもらったり、写したりできたが、彼らは、その教科書やノートを牧たちのような引揚げ者や疎開者たちに、貸そうとはしなかった。
 小さなアウトサイダーたちは、周囲の意地悪い眼にとりまかれて、ただ教師の講義をノートにうつしとるだけなのだ。それもたいがいは、寒さとひもじさのために、あまり耳に入らず、しびれた手を股の間につっこんだり、はあはあ息を吹きかけたりしていた。
 牧はその寒さと、この街と、学校と教師と学友を呪(のろ)っていた。戦争を呪うべきだったのだろうが、国家に対する忠誠と、戦争に対する協力だけが、教科書も持たない牧たちに教えられたすべてだった。
 うちひしがれながら、彼はひそかに思った。
(軍人になれば、腹いっぱいものが食えるだろうか)
 牧は少年航空兵に志願して、二十(はたち)前に死んでしまうことを望んでいた。大陸にいる父母のもとを離れ、伯父のやっかいものになっている少年にとって、それはほとんど胸のしびれるほどうっとりする夢だった。伯父の家でこれ以上生きてゆくためには、常に自分自身のもっとも大切なものを売りつづけねばならない。プライドの高い少年には、それが耐えられなかった。
 小きざみに身体をふるわせながら、牧は呟いた。
 この教室にはストーヴもない、教科書も、友情も――およそ、おれを暖めてくれそうなものは、なにもない。けれどもまだここの方が、おれをみつめる伯父の目よりは暖かすぎるぐらいだ。

……巻頭「白い朝」より


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