「シッダールタ」

ヘルマン・ヘッセ/秋山英夫訳

ドットブック 235KB/テキストファイル 109KB

500円

シッダールタとは釈尊(仏陀)の出家前の名前である。本作はヘッセにおける「東洋の心」の結晶であり、深いインド研究と詩的直観の融合から生まれ出た。若き日の仏陀の求道者としての歩みを、格調高い文体で描き、みずからの精神のありかを明らかにしている点で、ゲーテにおける「ファウスト」に比べられる。

ヘルマン・ヘッセ(1877〜1962) 南ドイツの小さな町カルヴの宣教師の息子。時計の歯車磨き助手、書店員などをへて、「郷愁」で広く認められて作家に。作品はすべて自伝的で、苦悩をへてある種の解脱へと到達する内容が特色となっている。代表作「郷愁」「車輪の下」「デーミアン」「荒野の狼」「知と愛」「シッダールタ」「ガラス玉演戯」。

立ち読みフロア
  屋敷の日かげで、川岸の小舟のそばの日なたで、沙羅(さら)の森、イチジクの木陰で、バラモン〔インド四姓の最高位の僧侶階級〕の美しい男の子、若き鷹(たか)、シッダールタは、同じバラモンの子である友ゴーヴィンダとともに、すくすくとそだった。川の岸べで水浴(ゆあみ)するとき、聖なるみそぎのとき、聖なるいけにえをささげるとき、日は彼のかがやく肩を褐色に焼いた。マンゴーの森で少年の遊びにふけるとき、母の歌をきくとき、聖なるいけにえをささげるとき、学者である父の教えに耳かたむけるとき、賢者たちの談話に列するとき、木陰の黒い闇は彼の黒い目に吸いこまれていった。
 すでに久しくシッダールタは賢者の談話に加わり、ゴーヴィンダを相手に討論のわざをねり、ゴーヴィンダとともに考察の術、沈黙の勧めに精励した。すでに彼は、言葉のなかの言葉である「オーム」〔キリスト教の「アーメン」にあたるサンスクリット語。最高絶対者の意で、これを唱えると至福を得る〕を、声を出さないで唱えることができた。精神を集中し、明澄な心のかがやきを額(ひたい)にうかべて、吸う息とともに声を出さずに「オーム」を心のなかへささやき、吐く息とともに声を出さずに「オーム」をそとにむかって発することができた。すでに彼は、宇宙と一体で破壊しがたいアートマン〔「気息」「呼吸」の意のサンスクリット語。普遍的実在者である「真我」〕の存在を、自分の本性の内部にみとめることができたのだ。
 のみこみの早い、知識に渇したむすこを見て、父の心にはよろこびがわいた。父はこの子のうちに、偉大な賢者、司祭、バラモン族中の王者となるべきものが生(お)いたってゆくのを見た。
 わが子シッダールタが、しなやかな足で歩く姿をながめるとき、強く美しいシッダールタが立ったり坐ったり、完璧な作法で会釈(えしゃく)するさまを見やるたびごとに、母の胸にも大いなる歓喜がわきたった。
 かがやく額(ひたい)、王者のまなこ、細い腰つきのシッダールタが、街(まち)を通る折りには、バラモンの若い娘たちの胸に、恋心がきざした。
 しかしこれらの人びとにもまして彼を愛していたのは、彼の友でバラモンの子であるゴーヴィンダであった。彼はシッダールタの目とそのやさしい声を愛した。その歩きかた、その立ち居(い)ふるまいの申し分のない礼節を愛した。その言行のいっさいを愛した。そして何よりもその精神、その気高い烈火の思想、その燃える意志、その高い使命感を愛した。ゴーヴィンダは知っていた。
「この友はけっしてただのバラモン僧になることはあるまい。いけにえをつかさどるだらしない役人に、呪文を唱える強欲な商人に、見栄っぱりの空疎な弁舌家に、意地わるで陰険な坊主に、そしてまたわんさといる家畜のなかのおとなしい愚かな一匹の羊になることはあるまい」と。いや、そして彼ゴーヴィンダもまた、そのような者に、幾万といるただのバラモン僧になることを欲しなかった。彼はシッダールタに、この愛する者、このすぐれた者にどこまでもついて行くつもりであった。そしていつの日か、シッダールタが神と化し、光りかがやく者の列に加わる日がくるならば、そのときゴーヴィンダは、その友として、その伴侶として、その従者として、その槍持ち、その影として、シッダールタについて行こうと望んでいた。
 こうして誰もかれもがシッダールタを愛した。彼はあらゆる人びとによろこびをつくりだし、あらゆる人びとをたのしませた。
 だが、シッダールタそのひとはわが身によろこびをつくりださず、自分をたのしませることはなかった。イチジクの庭のここちよい小道を逍遥しながら、黙想の森の青ずんだ陰に端坐しながら、日々のみそぎに手足を洗いきよめながら、小暗(おぐら)いマンゴーの森でいけにえをささげながら、あくまでも完璧な作法を身につけ、すべての人びとから愛せられ、すべての人びとのよろこびである彼自身は、それにもかかわらず胸になんのよろこびも持っていないのであった。夢と休む間もない思いは、彼の心に、川の流れから流れより、夜の星からきらめきより、日の光から溶(と)けよってきた。夢と魂の動揺は、彼の心に、いけにえの煙から立ちのぼり、リグ・ヴェーダ〔バラモン教の根本聖典。十巻一〇二八篇の讃歌をふくむ〕の詩句から息吹きのように吹きかけられ、年老いたバラモン僧の教えからしたたりおちてきた。
 シッダールタはすでに心のなかに不満をつちかいはじめていたのだ。父の愛も、母の愛も、友ゴーヴィンダの愛でさえも、不断に、そして永遠に、自分をしあわせにすることはあるまい、自分の心をしずめ、みたし、満足をあたえることはあるまいと、彼は感じはじめていた。
……冒頭より

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