「スケッチブック」

ワシントン・アーヴィング/吉田甲子太郎訳

ドットブック 222KB/テキストファイル 146KB

500円

エッセイスト、ジャーナリスト、批評家として幅広く活躍し、「ペンで暮らしをたてた最初のアメリカ人」とも評されるこの作家の代表作。原書は34編の短編小説と随想、紀行文からなるが、ここには最も有名な作品「リップ・ヴァン・ウィンクル」「スリーピー・ホローの伝説」の2編をふくめて13編の短編を収録した。

ワシントン・アーヴィング(1783〜1859)ニューヨーク生まれ。最初は弁護士になり、同時に新聞・雑誌に諷刺的なエッセイを発表していたが、36歳のときに出版した「スケッチブック」が米英で大きな成功をおさめ、作家として自立した。26年からはスペインの米国公使館に勤め、ムーア人の過去に興味をいだいて、「スケッチブック」のスペイン版にあたる「アルハンブラ物語」を著した。

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 そこは心地よいまどろみの国。
 夢は半ばとじた眼の前にゆれ、
 きらめく楼閣は流れる雲間にうかび、
 雲はたえず夏空に照りはえていた。
  ──倦怠(けんたい)の城

 ハドソン河の河幅がひろがり、むかしオランダ人の航海者が「タッパン・ジー」と名づけていたところでは、彼らは用心していつでも帆をちぢめ、航海者の守り、聖ニコラスに加護をねがいながら、横断したものだ。そこの東側の岸にくいこんでいる広い入江の奥に、小さな市場か田舎の港といったような町があり、ある人たちはグリーンズバラと呼んでいるが、本来はタリー・タウン(ぶらつき町)という名が正しく、また普通にはその名で知られている。聞くところによれば、この名は、そのむかしこの近隣の女房たちがつけたもので、市場のひらかれる日に亭主連が村の居酒屋のあたりをぶらついてはなれない頑固な癖があったからだという。それはともかくとして、わたしはこの事実の真偽のほどはうけあわない。ただ一応そのことを述べて、正確と厳正を期そうというわけである。この村からさほど遠くない、おそらく三マイルほどはなれた高い岡に、小さな渓谷、というよりはむしろ窪地(くぼち)というべきところがあるが、そこは世の中でいちばん静かな場所である。小川が滑るように流れ、そのせせらぎは人を眠りにいざない、ときたま鶉(うずら)が鳴いたり、啄木鳥(きつつき)の木を叩く音が聞こえるが、あたりに漲(みな)ぎる静寂を破る響きはそれくらいのものだ。
 思いおこしてみると、わたしがまだ少年のころはじめて栗鼠(りす)射ちで手柄をたてたのは、この渓谷の片側に茂っている高い胡桃(くるみ)の木の林だった。わたしがその林のなかにはいりこんだのはちょうど午(ひる)どきで、自然はことのほか静かで、わたしは自分の銃のとどろく音にもおどろいたものだ。銃声はあたりの日曜日のような静けさを破り、こだまとなって尾をひき、怒ったように鳴りひびくのだった。世の中の騒がしさから逃れ、わずらわしいことばかり多かった人生の余暇を静かに夢みながら暮すことができる隠居所をもとめるならば、この小さな渓谷にまさるところは知らない。
 このあたりには、ものういような静けさがただよっているし、またその住民はむかしのオランダ移住民の子孫だが一風変った気質をもっているので、このさびしい谷は長いあいだスリーピー・ホロー(まどろみの窪)という名で知られていた。そして、そこの百姓息子は、この近在のどこへ行ってもスリーピー・ホローの若衆と呼ばれていた。眠気をさそう夢のような力がこのあたりをおおっており、大気の中にさえ立ちこめているようだった。移住のはじまったころ、ドイツのある偉い祈祷医師がこの場所に魔法をかけたのだというものもあるが、またあるものは、ヘンドリック・ハドソン船長がこの土地を発見するよりも前に、インディアンの老酋長で、種族の予言者か妖術師であった男が、ここで祈祷をおこなったのだとも言っている。たしかに、この場所にはいまだになにか魔力が利いていて、それが善良なひとびとの心に呪(のろ)いをかけ、そのおかげで彼らはいつでも幻想にふけりながらうろついているのである。彼らは、ありとあらゆるふしぎな信心に夢中になり、夢幻の境に遊んだり、幻想におちいったりするし、しばしば奇怪なものを見たり、虚空に音楽や人声を聞くこともある。近隣一帯には伝説は豊富だし、幽霊の出る場所も多いし、うす暗い時刻につきものの迷信もあまたある。流星がとぶのも、隕石がひらめくのも、この谷間では国じゅうのどこよりも頻繁(ひんぱん)だし、悪夢の魔女は九人の供をひきつれて、ここで跳びはねるのが好きらしい。
 しかし、この妖術をかけられた地方につきまとう主領の精霊で、空中の魔力の総大将とおぼしいのは、首の無い騎士の亡霊である。ある人たちのいうのには、これはヘッセからアメリカに渡った騎兵の幽霊であり、独立戦争のとき、どこかの小ぜりあいで、大砲の弾丸に頭をうちとばされたもので、ときたま村の人たちが見かけるときには、夜の闇のなかを疾走し、あたかも風の翼に乗っているようだということだ。その亡霊のあらわれるところは、この谷間だけに限らず、ときには近所の街道にも及び、特に、そこから遠くないある教会の付近にはよくあらわれるのだ。じっさい、この近傍のもっとも信頼すべき歴史家たちのなかには、この亡霊についての噂を集めたものがあり、彼らが比較検討したうえで言明するところでは、この騎兵の死体はこの教会の墓地に埋葬されているが、その亡霊は夜な夜なもとの戦場に馬を駆り、頭をさがすのである。亡霊が夜半の疾風のように速くこの窪地を通り去るのは、刻限におくれたために、大いそぎで夜明け前に墓場へ帰ろうとしているのだということだ。
 これがこの伝説的な迷信の大意であるが、この迷信が材料になって、この幽霊が出る地方には幾多(いくた)のふしぎな物語ができあがった。この亡霊はどの家の炉ばたでも、「スリーピー・ホローの首なし騎士」という名で知られている。

……「スリーピー・ホローの伝説」冒頭より


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