スカイラーク・シリーズ 1

「宇宙のスカイラーク」

E・E・スミス/川口正吉訳

ドットブック版 257KB/テキストファイル 210KB

600円

リチャード・シートンは、未知の金属Xの溶液を触媒にして、銅の原子から直接エネルギーを引き出す装置を発明した。そうして完成したのが超光速船《スカイラーク号》である。一方、若い科学者マーク・デュケーンは、X金属を奪おうと企らむ。だが、人質をとった彼の宇宙船はふとした手違いから一瞬の間に大気圏外へとびだす。追跡するシートンと友人クレーン……だが切らした燃料の銅を求めて着陸した惑星オスノムは六千年来の内戦状態にあった。超光速船を操って宇宙せましと活躍するリチャード・シートン! 《レンズマン》シリーズと並んでスペースオペラの二大古典とされる不朽の名作登場!

E・E・スミス(1890〜1965)アメリカ・ウィスコンシン州生まれ。博士号を得ているため、E・E・《ドック》スミスと呼ばれるSF界の巨匠。「スカイラーク・シリーズ」で名を馳せ、金字塔「レンズマン・シリーズ」(全6巻)を雄大な構想のもとに完成させ、シリアスなハードSFの先駆者となった。

立ち読みフロア

 リチャード・シートンは化石になったかのように呆然(ぼうぜん)となって銅製の蒸気タンクの行方を見つめていた。
 たったいま――その角型の蒸気タンクの上で、彼は未知の金属《X》の溶液を電解していたのである。貴重な溶液の入ったビーカーを彼は手にしていた。それを蒸気タンクの上へおろしたとたん、その全金属製の大きな蒸気タンクが、彼の手の下をすりぬけて、縦に置かれた姿のまま、どこかへ飛んでいった。まるで生きているような気味わるさだった。テーブルの上を越し、一ダースもの試薬壜(しやくびん)をこわし、開いた窓から真っすぐに飛んでいった。彼は急いでビーカーを置くと、双眼鏡をとって、もう肉眼には遠くの小さな黒点としか見えなくなった蒸気タンクへ焦点をあわせた。双眼鏡でみると、蒸気タンクは地面へも落下せず、直線をえがいて飛びつづけており、ただ黒点が急速に小さくなっていくことで、そのすさまじい運動速度が察しられるだけであった。黒点はぐんぐん小さくなり、数秒のうちにはまったく見えなくなった。
 シートンは双眼鏡をおろし、催眠状態のように放心して、室内へ眼を移した。まずテーブルいっぱいに飛散したガラス壜のかけらが眼に入った。それから、何年間もいまの蒸気タンクの置いてあった、フードの下の、嘘(うそ)のような空っぽの空間に、彼の視線は釘づけになっていた。
 実験助手が入ってきた物音で、彼は放心から醒(さ)めた。そして声にはださず、毀(こわ)れた跡を片づけるように眼で合図した。
「どうしたんですか、博士?」
「どうもこうも……ぼくにもてんでわからん」
 不可解な出来事に気がとられていて、まともな答えはできなかった。
 隣りの実験室で働いていた化学者のファーディナンド・スコットが軽い足どりで入ってきた。
「やあディッキー、大きな音がしたようだが――わっ、こりゃ! 何のお祝いをしていたんだ? 爆発だね?」
「うーむ」シートンは首を振って、「どうもおかしい、まったくおかしい。起きた事件だけを話すよ、ありのままの事実だけだが……」
 シートンは事件を述べながら、大きな実験室を歩きまわり、計器、ダイヤル、メーター、ゲージ、標示盤などを一つ一つ仔細(しさい)に調べていった。
 話を聞いているうちにスコットの表情も興味から驚きにかわったが、最後には友人の正気を疑う、憐れみとも警戒心ともつかないものになっていった。
「おいおいディック、どうしておかしいことを言いだしたのか知らんが、その話はどう考えたって変だよ。アラジンのランプからか、壜(びん)からか、針からか、出どころは知らんけど。そいつぁ、正真正銘の駄法螺(だぼら)だね、いちばん出来のわるい作りばなしだよ。まあ、止したほうがいいね」
 シートンがぜんぜん耳もかさぬ様子なので、スコットは気の毒そうな顔をして部屋を出ていった。
 シートンはゆっくりとデスクのほうへ戻り、手垢(てあか)で黒くなった古物のブライヤーパイプをつまみ、不安げに椅子へ腰をおろした。
 自分の知っている自然法則を木っ端微塵(みじん)にしてしまった今の出来事、一体ぜんたい、これはどうしたことだろう。慣性質量をもったあれだけの重量の一塊の金属は、何らかの力が働かないかぎり、飛翔(ひしょう)するということはあり得ない。それもどえらいものすごい力が働いたと考えるよりほかには解釈がつかない。原子エネルギー級の猛烈な力が働いたと想定するのが唯一の解釈である。しかし、原子エネルギーでないことだけは確かである。強い放射能はなかった……だって、もしあれば計器類がミリマイクロキューリーの百分の一程度の微量放射能でも検出し、記録したはずである。だのに計器類はすべて、はじめっから終りまで、指針ゼロに固定したままではないか! だとしたら、あの力はいったい何ものであったろうか?
 その力はどこから出たのだろう? 電池か? 溶液か? 蒸気タンクか? すくなくともこの三カ所以外には考えられない。
 彼は全精神をこの一点に集中した。外界のすべてにたいして、彼は聾(つんぼ)、唖(おし)、盲になり、歯のあいだにパイプを噛んでいることも忘れてじっと動かずに思案した。
 やっと何かに思い当たったのか、彼は立ち上って電燈をつけ、手のひらをパイプの腹でパタパタと叩きながら、声に出して独り言を言った。
「この実験全体のなかで異常な偶然といえば、これ一つだけだ――つまり、《X》溶液がごくわずか銅に垂(た)れた。そしてぼくがビーカーをつかんだとき、銅線の間に短絡が起こった。……もう一度やってみられるかしら?」
 彼は一本の銅線をとり、不思議な《X》金属の溶液が入っているビーカーへ浸(つ)けた。そして溶液から出してみると、銅線の外観が変っている。銅の表層にX金属が入れかわったと見られた。彼はテーブルから充分に離れ、導線でこわごわとその銅線に触れてみた。小さな火花が散り、パチッという音がして銅線が消えた。つぎの瞬間、ライフル銃弾が硬い物体を突き破ったような鋭い音がした。びっくりして音のほうを見ると、熱い煉瓦(れんが)の壁に小さな孔が開いている。銅線が壁を貫通してしまったのである。たしかに力が作用した! だが、どうしてだろう? それはわからないが、何らかの力が働いたことは事実である。何度でも実験できる厳然たる事実である。

……巻頭より

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