「社交意識」

サマセット・モーム/龍口直太郎訳

ドットブック 427KB/テキストファイル 145KB

500円

本書はモームの手になる短編集Cosmopolitansの中から二十三編を収録している。他の六編(「昼食」「蟻とコオロギ」「約束」「ルイーズ」「物知りさん」「察しの悪い女」)は弊社刊行のモーム短編集「誘惑」に収めてある。この短編集はモームがアメリカの雑誌の「コスモポリタン」に依頼され、雑誌の見開きで完結する物語をシリーズとして書いたものをまとめたものである。この制約のため、それぞれは短いが、この作者の作品のうちで屈指の秀作とみなされるものが少なくない。作者は序文でこう語る「私としては、ただこれらの物語を面白いと感じてくれること以外には何ひとつ読者に要求していないということをあらかじめお断りしたいと思っているだけである。ここに集められた話をいちどに全部読むとすれば、たいへん退屈するかも知れないが、ほかに何かもっとましなすることがないようなとき、折りにふれて、一つか二つお読みになれば、ちょうど『コスモポリタン』誌の読者諸君が、毎月一回ぐらいの割合で同誌に現われたこれらの物語を読んで感じたと同じ程度のよろこびは感じられるのではないかと思っている」

サマセット・モーム(1874〜1965) 二十世紀のイギリスを代表する作家。複雑な人間の心理に鋭いメスを加え、読者のつきせぬ興味をかきたてる精緻をきわめた描写で知られる。代表作 「人間の絆」「お菓子とビール」「剃刀の刃」のほか、数多くの多彩な短編の書き手としても有名。

立ち読みフロア
 その当時やっていた仕事の都合で、一九一七年の八月、私は不意にニューヨークからペテログラードへ行かなければならぬことになったが、大事をとって、ウラジオストック経由で赴くようにとの指令をうけた。朝、ウラジオストックに上陸して、その日の夕方まで、なんとかうまく退屈をしのいだ。私が乗るはずのシベリア横断鉄道の列車は、たしか晩の九時ごろ発車の予定だった。ほかに連れもなかったので、駅の食堂にはいり、ひとりで食事をとった。そこはたてこんでいたので、私は一人の男がすわっている小さなテーブルについたが、それがまた一風変った男だった。背が高いうえに、おそろしく太ったロシア人なのである。大きな太鼓腹がつかえるので、やむなくテーブルからぐんと離れて腰をかけていた。手は柄のわりに小さく、指がくびれるほどまるまるとしていた。薄くなってしまった、黒ずんだ髪の毛を長くのばして、禿かくしに、それをていねいに頭のうしろまで撫でつけていた。青白い、いやに大きな顔と、きれいにひげをあたった、ぼってりした二重あごは、なんだかいやらしい裸体でも見るような感じだった。小さなボタンのような、まるっこい鼻が、その大きく盛り上がった顔のまん中に、チョコンとのっかっているのもおかしかった。黒い輝いた眼も小さかった。それにひきかえて、赤い、肉感的な唇だけがやけに大きかった。ちゃんと黒の背広を着こんでいた。着古してはなかったが、よれよれだった。それを着だしてから、まだ一度もアイロンやブラシをあてたことがないのではないか、と思えるほどだった。
 食堂の客あしらいがわるくて、なかなかボーイを呼びとめることができなかった。そのうち、どちらからともなく、私たちはことばをかわしはじめた。そのロシア人は、正確な英語をすらすらと話した。なまりはあったが、耳につくほどではなかった。かれは、私の身の上や、これから先の計画についてかれこれとたずねたが、私はそれにたいして、いかにもあけっ放しな態度をよそおいながら、ぬけぬけとウソ八百をならべ立てた。それというのも、当時、私はきわめて警戒を必要とする任務についていたからだ。私は新聞記者だと答えた。小説も書くかときくので、かた手間には書くこともある、と正直なところをいうと、かれは最近のロシア作家について話しだした。かれのいうことはなかなか気がきいていた。教養のある人物であることは明らかだった。
 話しているあいだに、私たちはやっとボーイをつかまえて、キャベツのスープを持ってこさせることができた。かれはポケットからウォツカの小壜をとり出して、私にもすすめた。かれがさかんにお喋りをはじめたのは、そのウォツカのせいだったのか、それともロシア人特有の話好きのせいだったのか、いまもって私にもよくわからない。やがてかれは、問わず語りに、自分の身の上話をこまごまと私に話してくれた。かれは貴族の出らしくて、弁護士が本職の、過激派だった。官憲当局とのあいだに、なにかゴタゴタをひきおこして、そのためかれはそれまでながらく海外に亡命していたのだった。しかしこんど故国へかえることになり、その途中、用事があって、しばらくウラジオストックに滞在していたのだが、もう一週間ほどでモスクワへ出発する予定だった。モスクワへきたら、どうか立ち寄ってくれ、と私にいった。
「あなたは結婚しておいでなんですか?」と、かれは私にきいた。
 よけいなことをきくとは思ったが、私は素直に、そうだと答えた。かれはホッと小さな溜息をもらした。
「わたしはやもめ暮しですよ」と、かれはいった。「わたしの家内はジュネーブ生れのスイス人でした。なかなか教養のある女でしてね。英語とドイツ語とイタリア語がお手のものでしたよ。フランス語はもちろん、家内のお国ことばですがね。ロシア語も、外国人としてはとても達者なほうでして、ほとんどなまりがないといってもいいくらいでしたよ」
 かれは、料理の皿を山とのせたお盆をかかえて通りかかったボーイを呼びとめて、いつになったら次の料理をもってきてくれるのか、ときいたらしかった――当時、私には、ロシア語がろくにわからなかったのである。ボーイは、あたふたと、大きな声で、ハイ、かしこまりました、というような返事をしたきり、さっさと行ってしまった。ロシア人は溜息をついた。
「革命からこっち、料理店のサーヴィスがひどくなりましてね」〔この「革命」は一九一七年の三月革命を指す〕
 かれは、もうこれで二十本目くらいの巻タバコに火をつけた。私は腕時計を気にしながら、この調子では発車の時刻までに、充分腹ごしらえができるかしら、と思った。
「家内はとてもえらい女でしてね」と、かれは話をつづけた。「ペテログラードにあった、貴族の娘ばかりが通っている、ある一流の学校で、いろんな外国語を教えていました。かなりながいあいだ、わたしたちはとても仲むつまじく暮してきましたが、なにしろたいへんなやきもちやきで、そのうえ、あいにく気も狂うほどわたしに惚れこんでいたんですよ」
 私はまじめくさってきいているのにほねがおれた。これほどの醜男(ぶおとこ)も、ちょっと世間にめずらしかったからだ。陽気な、赤ら顔の、太った男というものには、どこかしら愛嬌のあるものだが、このうっとうしい、太っちょばかりは、どうにも気しょくがわるかった。
「なにも、わたしは女房孝行をしたような顔をするつもりなどありませんよ。わたしと結婚したときには、あれも相当の年配で、それから十年ほどいっしょに暮してきました。小柄な、やせぎすの女で、顔色もさえませんでした。ガミガミ屋で、おまけに、おそろしく独占欲の強い女でしてね。わたしが家内以外の者に心をひかれたりするのはがまんができなかったんですな。わたしと知り合っていた女性たちにばかりでなく、わたしの友だちや、猫や、本にまでも、やきもちをやくありさまでした。あるとき、わたしのいないまに、わたしの上衣を人にくれてしまったんですが、それも、ただその上衣がいちばんわたしの気に入ってたというだけの理由からなんですよ。でもわたしは、ものごとをいたって気にしない性分でしてね。たしかにあれはうるさいことはうるさかったんですが、ガミガミいわれても、これも神さまのおはからいだとあきらめてましたよ。いやな天気や鼻かぜぐらいにこころえて、べつにそれにさからう気もしませんでしたね。なんだかんだと責め立てられても、とぼけられるだけとぼけて、いよいよ化(ばけ)の皮がはがれてくると、肩をすぼめて、一服つけるという風でした。
 のべつ、痴話(ちわ)げんかを吹っかけられても、べつに気にもかけませんでした。わたしはわたしで、好きなようにやってましたからね。でもときには、いったい家内はわたしのことをひどく愛しているのか、それともひどく憎んでいるのか、まったくわからなくなることもありましたよ。愛と憎しみは、ほんの紙一重のように思えましたね。
 で、まあ、二人ともこんな風で一生を終わるものと思っていたところへ、ある晩、不思議なことが起こりましてね。家内のキャーッという悲鳴で、わたしは眼がさめたんです。びっくりして、どうしたんだとききますと、こわい夢にうなされた、というんです。わたしが家内を殺そうとしてる夢だったんですね。わたしたちは、大きなアパートの、いちばん上の階に住んでたんですが、ぐるぐると螺旋(らせん)階段になっていて、上から見ると、その吹き抜けが、まるで大きな井戸のようでした。二人が連れだって、その階上にたどりつくと、いきなりわたしは家内をつかまえて、手すりから下へ投げ落とそうとした――そういう夢だったんですね。いちばん下の石の床(ゆか)までは、六階もあるんですから、落ちたらさいご、死ぬにきまってるのでした。
 家内はもうブルブルふるえてましてね。わたしはなだめすかして、やっと落ちつかせたんですよ。ですけど、そのあくる朝からはじめて二、三日というもの、ややともすれば、家内はその夢の話をもち出してきました。わたしはただ笑いにまぎらしていましたが、その夢が家内の心の底にこびりついてることがわかりました。わたしも、その夢がどうにも気にかかって仕方がなかったんです。といいますのは、この夢で、わたしはついぞそれまで思いもよらなかったようなことに気づいたからなんです。家内は、わたしが家内をきらっていて、いつなんどき袖にしてもかまわない気でいる、とこう思いこんでいたんですね。家内は自分ががまんのならない女だということを、もちろんよくわきまえてましたので、わたしが家内を殺しかねないという考えが、たしかにちょいちょい頭にうかんだらしいんですよ。まったく、男の気ごころなんてわからないもんで、とても恥ずかしくて人には話せないような考えが、わたしたちの頭にうかぶことがあるもんですからね。ときどきわたしは、家内が好きな男でもこしらえて、駈け落ちでもしてくれたらと思ったり、自分がなんの苦しみもなしにポックリ死ねたら、さぞかし楽なことだろうと思ったりしたもんでした。ですけど、いくらたえがたい重荷でも、自分のほうからすすんで家内を厄介払いしようなんて気持ちは、それこそついぞ一度もおこしたことなどありませんでしたね。
 わたしも家内も、その夢が妙に心にこびりついて離れなかったんです。家内もすっかりふるえ上がってしまって、しばらくは、すこし気も折れ、いくらか寛大な気持ちにもなっていました。ですが、わたしは長い階段をのぼって自分の部屋までいくたびに、手すりから下を見おろして、なるほど家内が夢で見たようなことをやってのけるのはぞうさもないわい、と考えずにはいられませんでしたね。低くて、あぶなっかしい手すりでしたよ。ちょっと手をかせば、そんなことぐらいお茶の子のように思えました。そんなことを考えてはいけないと思っても、それがなかなか頭から離れませんでしたな。それから数カ月たったある晩のこと、家内がわたしをゆり起こすんです。とても疲れていたところなので、わたしはむかっ腹を立てました。家内はまっ青な顔で、ブルブルふるえてるんです。また、あの夢を見たっていうんですよ。わっと泣きだして、あなたはあたしがとてもきらいなんでしょう、ときくんです。で、わたしは、ロシア暦に載っているすべての聖徒の名にかけて、おまえを愛している、と誓ってやったんです。やっとのことで、家内はまたもと通り寝入りましたが、わたしはそれどころではありませんでした。横になっても、眼がさえて眠れなかったんです。家内が階段の吹き抜けをずっと落ちていくのが、眼に見えるようで、キャーッという悲鳴や、石の床にぶつかるドサッという音が、耳に聞えてくるようでした。
体がガタガタふるえてきて、それがどうしてもとまりませんでしたね」
 ロシア人はそこで話を切ったが、玉の汗が額ににじみ出ていた。話しぶりが堂に入っているうえに、立て板に水を流すようだったので、私もすっかりそれにききほれていた。壜の底には、まだいくらかウォツカが残っていた。かれはそれをグラスにしぼって、ガブリと一息にのみ干した。
「それで、けっきょく、奥さんはなんで亡くなられたんですか?」と、しばらくおいて、私はたずねた。
 かれはよごれたハンカチをとり出すと、額の汗をぬぐった。
「それが偶然にも夢とそっくりでしてね。ある晩のこと、階段からおちて、くびの骨を折って死んでたんですよ」
「だれがそれをみつけたんですか?」
「そんな災難があってからまもなく、アパートへ帰ってきた人が、みつけたってわけなんですよ」
「で、あなたはどこにいらしったんですか?」
 するとかれは、なんともいいようのない、悪意にみちた、ずるそうな表情をうかべて、私のほうを見やった。小さな黒い眼がギロリと光った。
「わたしはその晩、ある友人のところへいっていましてね。わたしが帰宅したのは、一時間ばかりあとだったんですよ」
 ちょうどそのとき、ボーイが注文しておいた肉料理をもってきた。ロシア人は、待ってたとばかりにそれにかぶりついて、ガツガツと大口に頬張った。
 私はすっかり面くらった。これがついさっきまで、おく面もなく、細君を殺した話をしていた男なのだろうか? このでぶでぶ太った、のろまな男が、人殺しをしたとは思えなかったし、また、それほどの度胸がありそうにも見えなかった。それとも、こいつ、まんまと私をかついだのだろうか?
 もうそろそろ汽車に乗りこまなければならぬ時刻だった。そこで別れたきりで、その後、かれの姿を見かけたことはないが、あのときかれの語ったことが、はたしてほんとうだったのか、それとも冗談だったのか、私はいまもってはっきり決めかねている。

……「夢」

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