ギリシア悲劇全集2

「ソポクレス全作品集」

ソポクレス/内山敬二郎訳

ドットブック 341KB/テキストファイル 253KB

900円

円熟期のギリシア悲劇を名実ともに担ったソポクレス(前497?〜406)の、現存する作品全7編を収録するソポクレス全集。「オイディプス王」はなかでも傑出した作品であるが、最晩年の作と思われている「コロノスのオイディプス」は、これに勝るとも劣らぬ評価を得ているこの詩人の最高傑作である。

【収録作品】
「アイアース」
「アンティゴネー」
「オイディプス王」
「エレクトラ」
「トラーキスの女達」
「ピロクテテス」
「コロノスのオイディプス」
立ち読みフロア

《オイディプス王》冒頭部分

【オイディプス】 子らよ、古(えにしえ)のカドモスの後裔(のち)なる者達よ。かく注連(しめ)飾りしたる嘆願の小枝を持って、わしの前に来たのは一体なんのためだ? しかも市は香煙渦巻き、祈りの呻 (うめ)きの声に満たされている。わしはオイディプスとて世にあまねく知られた者だ。子らよ、わしは人伝(づて)に聞いたでは心済まぬゆえ、かくみずからここへ出て来た。老人よ(ゼウスの司祭に)、わしにいうてくれ。一同に代 わっていうことは、そなたの当然の務めであるから。何ゆえにそこに来ておるか? 恐れる事があってか? なにか望むところがあってか? 何事でも聞いてとらせよう。かかる嘆願に心を動かされぬは、まこと情け知らぬ者であろうから。
【司祭】 わが国を治め給うオイディプス様、あなた様もご覧遊ばすように、私ども老若の者ども、ここに参ってあなた様の祭壇を囲んでおります。遠く飛ぶこともようせぬ幼児(おさなご)も、齢(よわい)に腰の曲ったゼウスの司祭の私のような司祭達も、またこちらには選ばれた若者どもも来ております。他の者どもは、注連(しめ)飾りした小枝を持って、市場(アゴラ)に、パッラス(アテナ)の二つの宮の前に、またイズメーノスの予言の神火の燃える所におります。と申しますのは、あなた様もご覧のごとく、市(の大船)は、今やいたく搖り動かされ、死の大浪(おおなみ)の底から頭を上げ得ず、地に生ずる稔(みの)りの芽にも、牧場に草食む牛の群れにも、また女子(おなご)の空しい産みの苦しみにも、腐蝕の手が差し延べられ、その上いとも憎むべき「疫癘(えきれい)」という焔を蒔き散らす神が市を襲うて荒廃せしめ、そのためにカドモスの家々は廃墟となり、闇のハデスは、悲しみと嘆きに溢れております。あなた様を神々と同じに考えたわけではありませんが、世の常の事にも、神々の手を加え給う事にも、あなた様こそ第一のお方と信じましたゆえ、私並びにこの子らは、嘆願者としてあなた様のご座所に参りました。あなた様はカドモスの市に来て、私どもの負わされた、あの仮借なき歌い女(め)の貢(みつぎ)を免れさせて下さいました〔スピンクス退治のこと〕、しかもあなた様は、私どもからなんらかの手がかりを得られたのでもなく、いわんや深く教えられなされたこともなくして、ただ神助によって私どもをお救い下されたと言われてもおり、また信ぜられてもおります。諸人(もろびと)に仰がれ給うオイディプス様、私ども挙(こぞ)って嘆願者としてお願い致します。私どものために救いの道を見出だし下さい。神の御声にお聞き遊ばすにせよ、またなんらかの人から会得なさるにせよ。まこと経験を積んだ人びとにあっては、その意見は効験あるものと承知しておりますので。どうぞ人の中の第一の人にておわすあなた様、市をお救い下さいまし。どうぞあなた様の名誉をお考え下さい。先きのご熱誠によりこの国はあなた様を救い主と崇(あが)めておりますから――あなた様の御代に、私どもが初めは栄えたが、後には空しく倒れ伏したなどとの記憶が残りませぬよう! この市を堅い礎石の上にお据え下さい。幸先(さいさ)きめでたく、あなた様はかの先きの幸(さち)を私どもにお与え下さいました。この度も同様にお願い致します。苟(いやしく)もあなた様が、今この国を支配遊ばすように、実際にこの国をお治め遊ばすのでしたら、無人の荒野よりは、人の住んでいる所を支配なさる方が優っております。城楼も船舶も、内に住む人がなくては無いも同様でございますから。
【オイディプス】 哀れな子らよ、そなた達のここへ来た願いは知っている。知らいでか。そなた達一同の苦しみは、よく承知している。しかしながら、そなた達は苦しいとは言え、そなた達の中の誰一人としてわしのように苦しんでいる者はいない。それは、そなた達の悩みは己が身一つに限られ、他には及ばぬ。しかるにわしの胸は、市のため、この身のため、またそなた達のため、一時に思い悩むのだ。それゆえ、そなた達によって始めて深い眠りから覚まされたわけではない。すでに多くの涙を流し、さまざまな思案を尽くしたのだ。かくて、熟慮の上に心づいたただ一つの手段(てだて)、それは最早すでに行のうてある。わしの妻の兄弟、メノイケウスの子、あのクレオーンを、ピュートーなるポイボス(アポローン)の宮居(みやい)に遣(や)って、いかなる言葉、ないし行為によって、この市を救い得べきかを伺(うかが)わせた。すでに日を数えみるに、彼がいかにしたか心もとない。不相応に、当然要すべき時以上に長く、帰って来ぬ。しかし帰着したならば、神の示し給うところをことごとく行なわぬならば、わしは確かに不届き者であろうぞ。


購入手続きへ


*** タイトル一覧へ *** ホームページへ ***