「天界の王」

エドモンド・ハミルトン/ 矢野徹訳

ドットブック版 343KB/テキストファイル 160KB

600円

二十世紀の地球人ジョン・ゴードンは、二十万年未来の中央銀河帝国王子ザース・アーンからの呼びかけに応じ、心の一時的な入れ替えに同意した。だが、勇躍未来に飛び込んだ彼は、敵対する暗黒星雲同盟の襲撃をうけ、拉致されてしまった。果たしてゴードンは正体を隠し切れるのか、さらにはまた彼の心は元の肉体に戻れるのか? 帝国を救う切り札の超兵器「ディスラプター」は王族にしか扱えない。肉体はザース王子だが、何の知識も持たないゴードンは果たして帝国を救うことが出来るのか? ハミルトンの宇宙活劇。

エドモンド・ハミルトン(1904〜77)アメリカ・オハイオ州生まれのSF作家。スペース・オペラ(宇宙活劇)の先駆的・代表的な作家として有名で、「星間パトロール」シリーズの雄大な構想は多くの読者の心を捉えて大評判となり、のちのE・E・スミスの「レンズマン」シリーズに引き継がれた。SFの多くのアイデアを創案したことも特筆される。他の代表作に「キャプテン・フューチャー」「スター・ウルフ」などがある。

立ち読みフロア
 ジョン・ゴードンは、初めて心の中から響いてくる声を聞いたとき、気が狂いかけているのかと思った。
 最初のときはある晩、眠りに落ちかけていたときにやってきたのだ。夢うつつの思いの中で、その声は鋭くはっきりと話しかけた。
「聞こえますか、ジョン・ゴードン? ぼくの呼ぶのが聞こえますか?」
 ゴードンは身体を起こした。とつぜんはっきりと目が覚め、そして少し驚いたのだ。何か奇妙な気味の悪いことだった。
 それからかれは首を振った。人が半ば眠り意志がくつろいでいるとき、脳というものは奇妙ないたずらをするものだ。いまのは何の意味もないことなのだ。
 かれはそのことを次の晩まで忘れていた。だがかれが眠りの国に引きこまれ始めたとき、あのはっきりした心の中の声がまたも現われたのだ。
「聞こえますか? 聞こえたら、どうかぼくの呼びかけに答えてください!」
 またもゴードンは驚いて目を覚ました。そしてこんどは、ちょっと心配になった。心がどうかしているのだろうか? いろんな声が聞こえるようになったら危いぞということを、よく人は言っている。
 かれは戦争から無傷で帰ってきた。だがあの太平洋を何年も飛びまわったことが、心になんらかの影響を与えたのかもしれない。ひょっとすると遅発性の精神神経障害というやつになったのだろうか。
 ゴードンは自分の心に荒々しく話しかけた。
「何をこの野郎! おれは何でもないことに興奮しているぞ。ただ、神経質でいらいらしているだけなんだ」
 いらいらしている? そう、その通りだ。戦争が終りニューヨークへ帰ってから、かれはずっとそうだった。
 ニューヨークの保険会社に勤めている若い事務員を引っぱり出し、そいつを軍用パイロットにし、自分の指を動かすように楽々と三十トンの爆撃機を操縦させることはできる。その通りにゴードンはされたのだ。
 だがそれを三年続けたあと、そのパイロットに除隊命令が出され、「ありがとうよ」ともとの会社に送りかえされるのは、そう楽なことじゃあない。ゴードンはそのことを、苦い経験から知っていたのだ。
 奇妙なものだ。太平洋で脂汗をかき生命の危険にさらされていたあいだじゅう、かれは昔の懐かしい仕事に、あの気持のいい小さなアパートに戻ることができれば、どんなに素晴しいだろうと考え続けたものだ。
 そしてかれは帰還し、すべてが以前と同じになった。だがかれは違っていた。帰ってきたジョン・ゴードンそのものは、戦闘に、危険に、突然の死というものに慣れてはいたが、デスクの前に坐って数字を加えていることには慣れていなかったのだ。
 ゴードンは自分がいったい何を求めているのかわからなかったが、ニューヨークでの会社勤めでないことは確かだった。だがかれは、そういう考えを心から追い払おうとした。かれは昔の日常生活に戻ろうと努力し、その努力によってより一層いらいらするようになっていた。
 そしていまはこの、脳の中に響く奇妙な呼び声だ! これは心のすべてが苛立たしさに征服され、発狂してしまうということなのか? 
 かれは精神病医のところへ行くことも考えたが、その考えを斥けた。こういうことには自分から戦いを挑んだほうがいいと思ったのだ。
 そこであくる晩のゴードンは、その声が聞こえてくるのを陰気な気持で待ちかまえ、それが妄想に過ぎないのだということを自分で証明してみようとした。
 だがその晩は聞こえず、そのあくる晩もやってこなかった。かればもう済んでしまったのだと思った。そして三日目の夜、それは前よりもずっと強力にやってきた。
「ジョン・ゴードン、聞いてくれ! きみは妄想を抱いているんじゃあないんだ! ぼくは別の人間で、科学の力できみの心に話しかけているんだ」
 半ば眠りについているゴードンにとって、その声は驚くほど現実的なものと思えた。
「頼むから答えてくれ、ジョン・ゴードン! 声ではなく、心で。チャンネルは開いている……やろうとすれば答えられるんだ」
 夢を見ているような気持で、ゴードンはそれに答える心を闇の中へ送り返した。
「きみはだれなんだ?」
 返事はすぐにはっきりと返ってきた。勢いよく、凱歌をあげているような感じで。
「ぼくはザース・アーン、中央銀河帝国の王子だ。きみの時代より二十万年の未来から話しかけている」
 ゴードンはぼんやりとした恐怖を覚えた。そんなことが真実であるはずはない! だがその声はあまりにも現実的であり、はっきりとしているのだ。
「二十万年だと? そんなことは気違いじみている。不可能なことだ……そんな時間を越えてなど。ぼくは夢を見ているんだ」
 ザース・アーンの返事はすぐに戻ってきた。
「これは夢じゃないし、ぼくもきみと同じ生身の人間だ、保証する。二千世紀という距離がわれわれをへだててはいるがね」
 心の声は続けられた。
「時間というものは、物質的なものを使って越えることはできないんだ。だが、心は物質じゃない。心は時間を越えられるんだ。きみ自身の心だって、何かを思い出すたびに少しは過去へ旅行するんだ」
 ゴードンはぼんやりと答えた。
「それが本当だとしても、なぜぼくを呼ぶんだ?」
 ザース・アーンは言った。
「二十万年のあいだに多くのことが変わった。ずっと昔、きみが属している時代に人類は銀河系にある他の恒星へ進出していった。いまでは大きな恒星王国がいくつもある。その中で最大のものが中央銀河帝国なんだ……ぼくはその帝国で高い地位にいるが、科学者でもあり、何よりも真実を追求している者なんだ。何年ものあいだ、ぼくと同僚は過去を探しまわってきたんだ。時代を越えてぼくの心を過去に投げ、ぼく自身の心とぴったり合わせてくれる心の持主と接触を持とうとね……過去にいたそういう人々の多くと、ぼくは一時的に身体を交換してきたんだよ! 心とは電気エネルギーの蜘蛛の巣で、それが脳に住んでいる。それを適当な力で脳から引き出すことができ、そこへ別の脳の中にあった蜘蛛の巣をはめこむことができるんだ。ぼくの持っている装置は、ただ、心のメッセージを過去に送るだけでなく、ぼくの心全体を送り出すことによって、そのことを達成できるんだ。
 こうしてぼくの心は過去の時代に住む人間の身体を占め、そのあいだその人の心は同時に時間を越えてぼくの身体に住みついたんだ。こういう風にして、ぼくは過去における人類の歴史で多くの異なった時代に生き、その歴史を探求したんだ……だがぼくはまだ一度も、きみのような遠い過去まで戻ったことはないんだ。ぼくはきみの時代を探求したいんだよ、ジョン・ゴードン。手伝ってくれないか? ぼくの身体を一時的に交換することに同意してくれないか?」
 ゴードンが最初に見せた反応は、恐怖を伴った拒絶だった。
「いやだ! そんな恐ろしい、気違いじみたこと!」
 ザース・アーンは言いはった。
「危険などないんだよ。きみはただ何週間かをぼくの身体の中で、この時代に過ごすだけなんだ。そのあいだぼくはきみの身体のなかさ。そのあと、ぼくの同僚のヴェル・クエンが再交換をやってくれる……考えてみてくれ、ジョン・ゴードン! これはぼくにとって、きみが住んでいる遠い死に絶えた時代を探求する機会を与えてくれるだけではなく、きみにとってもぼくの時代の持つ壮大さを見る機会を与えられることになるんだよ! ぼくにはわかっているんだ、きみの心が、新しい未知のものを求めていらいらし落着けないでいるってことを。きみの時代に生きている人間で、ほかにはだれも、未来への巨大な時間の深淵を飛び越えられるような機会を与えられた者はいないんだよ。きみはそれを断るというのかい?」
 とつぜんゴードンは、その素晴しい考えに引きつけられた。それはあたかも、夢にも見なかった冒険にかりたてる雄々しい喇叭の響きに似ていたのだ。
 二千世紀もの未来にある世界と宇宙、星々を征服した文明の栄光――それをみな、この目で見られるのか? 
 それは生命と正気を賭けてみるだけの価値があるものではないのか? もしこのすべてが真実だとするなら。かれがこれまでこうもいらいらと求め続けていた冒険に向かう最高の機会を与えられたということではないのか? 
 だがそれでもかれはためらい、ザース・アーンに言った。
「目を覚ましたとき、ぼくはきみの世界のことを何ひとつ知らないんだぞ! 言葉さえもだ」
 向こうは急いで答えた。
「ヴェル・クエンがここにいて、きみにすべてを教えてくれる……もちろん、きみの時代はぼくにとっても同じように異なったものだろう。そのために、もし賛成してくれるなら、きみたちの言葉と慣習を学べるように思考(ソート)スプールを用意しておいてほしいんだが」
 ゴードンは面くらって尋ねた。
「思考スプール? 何のことなんだ?」
「きみの時代にはまだ発明されていなかったのか? それなら、きみたちの言葉を学ぶために子供の絵本と辞書と、それからどう発音するのか知るためにレコードを少し用意しておいてくれないか」
 ザース・アーンは言葉を続けた。
「すぐに決心する必要はないよ、ジョン・ゴードン。明日またきみを呼ぶから、そのときにきみの決心を知らせてほしいな」
 ゴードンは叫ぶように答えた。
「明日になればぼくは、気違いじみた夢だったとしか考えないだろうよ!」
 ザース・アーンは熱っぽい口調で言った。
「きみは、夢なんかじゃないと自分に言い聞かせなくちゃいけないよ……ぼくはきみが眠りかけたときにきみの心と連絡する。つまり、そのときこそきみの意志がくつろぎ、心が受け入れられる状態になっているからなんだ。とにかく、これは夢じゃないんだよ」

……巻頭より

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