スティーヴンスン短編傑作集2

「自殺クラブ」

スティーヴンスン/河田智雄訳

ドットブック 135KB/テキストファイル 83KB

400円

「われわれは人生がただの舞台に過ぎないことを知ってます。われわれは役に興味を感じる限り、舞台の上で道化役を演じ続けるんです。…死にたいという至極もっともな望みを持ってるのは、あなた方とぼくだけだなんて思わないで下さい。世の中には、一生涯、毎日毎日芝居に参加するのが心からいやになった人たちが、ごまんといるんです。…世間に騒がれずにわずらわしいこの世を去りたいと思ってる人たちのために作られたのが自殺クラブなんです」……巧みな語り口の短編集。

ロバート・ルイス・スティーヴンスン(1850〜94)スコットランドのエディンバラ生まれ。生涯、病苦との戦いに明け暮れ、転々とボヘミアン的な生活をおくりながら、すぐれた物語を書き続けた。1883年に著した「宝島」は「ロビンソン・クルーソー」以来の傑作冒険物語と評判をとり、出世作となった。代表作「ジーキル博士とハイド氏」「バラントレー卿」「新アラビア夜話」「若い人々のために」

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 ロンドンに滞在中、教養の高いボヘミアのフロリゼル王子は、人を引きつけるものごしと思いやりのある寛大さで、あらゆる階層の人々から好感を持たれた。彼は、人に知られている面だけで判断しても並みの人物ではなかったが、それは彼の行状のほんの一部分に過ぎなかった。
 ボヘミアの王子は普段は穏やかで、あきらめよく現状を受け入れるような人だったが、自分が過ごすように運命づけられた生活とは違った、危険の多い、変わった生活を厭(いと)うというわけではなかった。時折、憂鬱な気分に陥った時や、ロンドンの劇場で面白い芝居のかかっていない時、あるいは、時季外れのため自分が人一倍得意だった野外のスポーツがやれない時、彼は主馬官(しゅめかん)をしている腹心のジェラルディン大佐を呼び出して、夕方の散歩の用意をするように命じた。主馬官は、勇敢で向こう見ずな性質の若い将校だった。彼は喜んでこの命令を受け、急いで用意に取り掛かった。彼は慣れてもいたし、さまざまな人生経験をつんでもいたので、変装が非常に得意だった。顔や物腰だけでなく、声や考え方まで変えて、どんな階級、性格、国籍の人間にもなりきることができた。
 このようにして大佐は王子を楽しませた。そして時々二人で、いろいろと変わった場所へ入り込んだ。役人たちはこういったおしのびの遊びについて全く知らされていなかった。ものに動じない、勇気のある王子と、気転の利く忠義ものの大佐は、何度危険な羽目に陥っても、その都度切り抜けてきた。そうして年月がたつにつれて、二人はますます固い信頼感で結ばれていった。
 三月のある夜、二人は激しいみぞれに会い、レスター広場のすぐ近くにあるかき料理屋へかけ込んだ。ジェラルディン大佐は新聞関係の落ちぶれた男に装い、顔を作っていた。そして王子は、例によって、つけひげと大きなつけ眉毛(まゆげ)で変装していた。このつけひげとつけ眉毛をつけていると、むさ苦しい、粗野な感じを与えたので、彼のような上品な人間が素性をかくすには、またとない変装だった。このように装った主君と従者は、安心してソーダ割りブランデーをちびりちびり飲んでいた。
 料理屋は、男や女の客でいっぱいだった。いく人かの客が二人に話し掛けてきたが、仮に親しくなった所で、興味を感じるような相手は一人もいなかった。そこに居合わせているのは、ロンドンのくずのような、取るに足らない、平凡な連中だけだった。王子はもうあくびをし始め、何もかもいやになりだしていた。
 その時、ゆれ戸を勢いよく押し開けて、二人の供(とも)のものを連れた若い男が入ってきた。供のものはそれぞれ、覆いのかかった、シュークリームののっている大皿をとっていた。彼らは直ちに覆いを取り除(の)けた。それから若い男は、一座を回って、馬鹿丁寧な態度で一人一人にシュークリームを押しつけた。あるものはこの申し出を笑いながら受け、他のものはきっぱりと、むしろつっけんどんにことわった。ことわられるたびに、この新来の男は何かしら冗談を言いながら、シュークリームを自分で食べた。最後に彼は、フロリゼル王子に話しかけた。
「あのう」彼は深々とおじぎをしながら、親指と人差し指でシュークリームをつまんで差し出した。「初対面で失礼ですが、受け取っていただけないでしょうか? シュークリームの味はぼくがうけあいます。五時過ぎてから、ぼくはもう二十七個もシュークリームを食べたんですよ」

……「シュークリームを持った若い男の話」より

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