「水滸伝(全5巻)

施耐庵作/村上知行訳

(巻1)ドットブック 1911KB/テキストファイル 209KB

(巻2)ドットブック 1130KB/テキストファイル 209KB

(巻3)ドットブック 968KB/テキストファイル 182KB

(巻4)ドットブック 537KB/テキストファイル 180KB

(巻5)ドットブック 801KB/テキストファイル 207KB

各700円

◆魯智深◆


◆林沖◆


◆武松◆

 北宋の時代、疫病の流行をなんとか食い止めるため、朝廷は竜虎山の道教の法王を招いて祈祷してもらおうと、太尉の洪信(こうしん)を派遣する。だが竜虎山についた洪信は、かつて108個の魔の星を封じたといわれる伏魔殿に異常な興味をおぼえ、その扉をむりやり打ち破る。 と、黒煙とともに108の星が天空に飛散する。それが転生して生まれたのが、この小説の主人公である108人の豪傑である。
 ここまでが「序」で、以下、第1回から第70回まで、なにがしかの理由で追われる身となった108人の英傑・豪傑・盗賊らが、互いに男としての意気を感じながら、自然の要害、梁山泊(りょうざんぱく)に糾合するまでを物語る。
 あるいは出世した悪賢い官僚に消されそこなって逃亡し〔豹子頭(ひょうしとう)の林沖〕、あるいは横暴な金持ちの非道なふるまいに義憤を感じてこれを殴り殺し〔花和尚の魯智深(ろちしん)〕、あるいは妾(めかけ)のゆすりに憤ってこれを剣で殺害し〔及時雨(きゅうじう)の宋江〕、あるいは賄賂や窮民からの収奪で蓄えた悪徳官僚の財をみごとに強奪し〔晁蓋(ちょうがい)・阮(げん)の三兄弟ら七人組〕、さらには兄を毒殺した浮気な姦婦・姦夫に復讐する〔虎退治の武松〕など、その語りは波乱万丈、腹黒い者はどこまでも腹黒く、これに義を報いる者はどこまでも熾烈で、容赦ない。このほかにも、九紋竜の史進(ししん)、青面獣の楊志(ようし)、金眼虎(きんがんこ)のケ竜(とうりゅう)、急先鋒の索超(さくちょう)、錦毛虎(きんもうこ)の燕順(えんじゅん)など、名前のあだ名からも推測されるように、ひと癖もふた癖もある連中がぞくぞくと顔を出し、息つくひまもなく物語は展開する。

 作者 元末から明初の人、羅貫中(らかんちゅう)と施耐庵(したいあん)が作者としての挙げられるのが普通。だが、実際には、長い年月のあいだに流布した伝説や、講談や芝居などで取り上げられた多くの英雄譚、侠客伝などがとりまとめられ、編纂されたものとみるのが現在の説である。つまり、個人が書いたものではなく、中国の民衆が書いたものといえる。

訳者)この訳書は中国の四大奇書『水滸伝』『三国志演義』『金瓶梅』『西遊記』のすべてをリズム感のある読みやすい日本語に移して、名訳の誉れ高い村上知行氏の訳でお贈りする。


◆ なお、ドットブック版には、左に載せたようなカラー挿し絵32点を掲載。
これはメキシコ生まれでのちニューヨークに出て、雑誌「ヴァニティ・フェア」に風刺漫画家として起用されて有名になったミゲル・コヴァルルビアス(1904〜57)の作品である。

立ち読みフロア
第一回

王師範《おうしはん》はひそかに延安府《えんあんふ》にのがれ
九紋竜《くもんりゅう》は史家村《しかそん》であばれる

 宋の時代である。哲宗《てっそう》皇帝のころ、東京《とうけい》は開封府《かいほうふ》、※梁《べんりょう》(※はさんずいに卞)の宣武軍《せんぶぐん》の地に、苗字を高《こう》というごろつきがいた。小さいときから、家業には、身をいれずに、鎗《やり》や棒などばかりひねくりまわしている。また、とくべつ、毬《まり》をけるのが得意で、みやこの人々は、「高のこせがれ」とはいわず、「高毬《こうきゅう》」と、あだ名をいったほどだった。かれは、あとで、世にしられるようになると、毬の字の「けへん」を、「にんべん」にとりかえて、「高※《こうきゅう》(※は、にんべんに求)」と名のるようになった。
 ところで、この高※《こうきゅう》だが、生まれつきの、きようもので、歌舞音曲、鎗や棒の武芸、相撲や遊びごと、さらにまた、よみかきから、歌、俳諧《はいかい》にいたるまで、でたらめといえばそれまでだが、とにかく、いちおうは、やってのけた。そのくせ、仁義礼智、信行忠良となると、まるでなっていない。もっぱら、東京の城《まち》の内外で、幇間《ほうかん》みたいなまねをして、ぶらぶらしている。そのうちに、金物屋の長者、王家のぼっちゃんにたかりついた。くる日も、くる日も、酒や妓《おんな》あそびにさそいだして、金を使わせるので、たまりかねた王は、奉行所へ訴えでた。奉行は、高※を、むち二十回の背うちの罰にし、所ばらいを命じ、さらに、東京城内の人民に、「高※をとめたり、食わせたりしてはならね」と、布令《ふれ》をだした。
 高※は、しかたなしに、淮西《わいせい》の臨淮《りんわい》州にでかけ、そこで、賭場《とば》などひらいていた、ごろつきの柳太郎、本名を柳世権《りゅうせいげん》という男のところへころげこんだ。柳は、あそび人のせわをやいたり、そちこちの食いつめものを、かばったりしているものだった。
 高※は、三年のあいだ、ここでやっかいになっていた。やがて、哲宗さまが、南郊《なんこう》で、天を祭られた。おかげで、嵐も雨も、ほどよく吹き、ほどよく降るということになると、天下に大赦令《たいしゃれい》をおだしになった。高※も、おかげで所ばらいがゆるされたので、みやこにもどろうという気になった。
「その気なら、東京城内の、金梁橋《きんりょうきょう》のそばで、生薬屋《きぐすりや》をひらいている親戚があるぜ。董将仕《とうしょうし》というものだ。そこをたずねてみな」
 と、柳は、紹介の手紙と、てみやげ、路銀などを高※にもたせて、東京に帰ったら、董将仕をたよって、身のたつように取り計らってくれたのである。
 柳太郎にわかれた高※《こうきゅう》は、つつみをしょい、臨淮州をあとにした。東京につくと、さっそく金梁橋の生薬屋をたずねて、手紙をだした。董将仕は、高※にあい、柳世権《りゅうせいげん》の手紙をよんで、腹の中で「やれ、やれ」と、舌うちした。
「こんな男を、なんでおいてやれるもんかね。実直な律気《りちぎ》ものなら、家に住まわしても子どもらの、しつけのたしぐらいにはなるだろうが、こんな、遊び人のごろつきが……。へっ、信用もなにもできたもんじゃない。おまけに、悪いことをして、所ばらいになったやつじゃあ、もとの性根は、なおりっこないさ。家にいれた日にゃあ、せがれたちが、ろくでもないことを見習うにきまってらあ、といって、ことわっては、柳太郎の顔をつぶすし……」
 と、さしあたり、うわべは大喜びのふうをして、家にとめ、まい日、酒食でもてなした。
 さて、十日ほどたつうちに、董《とう》は、一策をひねりだした。一そろいの着物と、一封の書面を、高※の前にさしだしたのである。
「てまえのところなぞは、まあ、螢が火をともしたようなもんで、ねっから、だめです。これからのお役には立ちそうもありませんや。いっそ、小蘇《しょうそ》学士さまに、おひきあわせ申したほうが、ご運のひらける糸口かと思うんですが、いかがでしような」
 高※は、大喜びで、あつく礼をのべた。
 董将仕は、さっそく使いのものに書状をもたせて、高※につけ、学士のやしきへつかわした。門番のしらせで顔をだした学士は高※にあい、書状をひらいたが、かれが、もともと遊び人だったことがわかると、
「やしきには、おいてやれぬしろものだが、――ままよ、おためごかしに、天子の婿宮《むこみや》、王晋卿《おうしんけい》さまのおやしきへやり、近侍《きんじ》にでも、とりたててくださるよう、おすすめするとするか。王晋卿さまは、王の大将の宮さまと呼ばれるおかたで、こういう人間が、おすきだからな」
 と、ひと思案して、さっそく董将仕に返書をしたため、高※はやしきにとめた。そうして、一夜あけたつぎの日、推薦状といっしょに、やしきの用人をつけて、宮家にでむかわせた。
 この「大将の宮さま」は、哲宗皇帝の妹君のご主人である。つまり、先代の神宗《しんそう》皇帝には、婿がたにあたるおかたである。一風かわった人物がおすきで、とにかく、遊び人めいた肌合いのものを、お使いになる趣味がある。小蘇学士の使いが、手紙をもって、高※をつれてきたのをごらんになって、よろこんで学士に返事をつかわされ、高※は、そのまま御殿にとどめて、近習《きんじゅう》として、召し使われることになった。
 いわば、これが高※の運びらきのはじまりで、御殿のなかを、わが家のようにふるまいだしたものである。むかしから、ことわざにも、「さるものは、日に疎《うと》く、きたるものは日に親し」とあるとおりである。

◆ XMDF版立ち読みファイル(クリックすると第1回分のすべてを収めた立ち読み版ファイルをダウンロードできます)


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