「夏服を着た女たち」

アーウィン・ショー/常盤新平訳

ドットブック 178KB テキストファイル/140KB

500円

1930年代から50年代にかけてのアメリカの時代を、職人芸といってもよい精緻な筆致で描きあげた短編集。ニューヨークがパリが、そしてブルックリンが生きた人間の町として浮かび上がる。

収録作品
八〇ヤード独走
アメリカ思想の主潮
ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ
ニューヨークヘようこそ
夏服を着た女たち
カンザス・シティに帰る
原則の問題
死んだ騎手の情報
フランス風に
愁いを含んで、ほのかに甘く

アーウィン・ショー(1913〜84)ニューヨーク、ブルックリン生まれ。劇作家としてデビュー後、「ニューヨーカー」「エスクァイア」などに多くの短編を発表して売れっ子になった。戦後は『若き獅子たち』など多くの長編を発表、どれもベストセラーになった。

立ち読みフロア
 パスは高く大きくて、それに跳びつくと、ピシャリと両手で受けとめ、同時に腰を振って、自分にむかってきたハーフバックをふりきった。センターが眼の前に現われて、必死にダーリングの膝へ手を触れると、ダーリングは足を高く上げ、スクリメージ・ラインに近いグラウンドで揉(も)みあっているブロッカーや敵のラインズマンをきれいに抜いた。十ヤードひきはなした彼は、脚を上下するサイ・パッドを意識しながら、速力を増し、楽々と息をして、背後から追ってくるスパイクの音を耳にすると、さらに敵をひきはなし、サイドラインのほうへ自分を追いこもうとする相手のバックスを見た。すると、いっさいのことが、自分を包囲してくる敵や、敵の陣営に攻めこもうとする味方、自分が突っ走らなければならぬグラウンド、そういったものがすべて、急に頭のなかではっきりしてくると、生れてはじめて、それは、男と喚声とスピードが無意味にいりまじったものではなくなった。走りながら、彼はひとりかすかに笑みを洩らし、両手でボールを前方に軽々とさしあげ、膝をポンプのように高く上げたり下げたりして、腰をふりながら、まるで少女のような走りかたで疾走をつづけた。最初のハーフバックがむかってくると、相手に足をひっかけたその一瞬、身体を回転させて、スピードを落すことなく、肩からぶつかってきた相手のショックをうけとめて、着実にスパイクで芝生を踏みしめながら、敵の追撃をふりきった。残るはただ一人、いまや腕を曲げ、手をひろげて、油断なくむかってくるセフティ・マンだけだ。ダーリングはボールを抱えこんで、膝を高く上げて走り、二百ポンドの全重量を一個の攻撃力と化して、突っこんでいった。セフティ・マンをふりきる自信はあった。無意識のうちに腕と脚を美しく動かしながら、まともにセフティ・マンにむかっていって、敵が守備を固めたとみるま、セフティ・マンの鼻からふきだした血が自分の手にかかり、怖れをなした相手が顔をそむけて、口をひきつらせるのが、眼にはいった。ダーリングはボールをしっかと抱いたまま、まわりこんで、敵のセフティ・マンをふりきり、ゴール・ラインにむかって悠々と走るうちに、追ってくるスパイクのひびきが遠のいていった。
 いつのことだったろうか? 秋、グラウンドの土がそろそろ固くなりだしたころだった。夜は冷えびえとして、競技場の周囲の楓(かえで)の葉が突風に吹きとばされて、練習場に舞い、女の子たちは、午後に練習を見にくるとき、セーターの上にポロ・コートを着はじめていた。……十五年になる。ダーリングは、春の夕闇せまるころ、同じグラウンドをゆっくり歩いていた。よく磨いた靴にダブルの背広を着た三十五歳の男は、肥ってはいないが、その十五年のあいだに、目方が十ポンドふえ、一九二五年から一九四〇年までの歳月が顔に滲みでていた。
 コーチはひとり会心の笑みを洩らし、アシスタント・コーチたちもこういうときはきまってうれしそうに顔を見合せている。補欠選手のひとりが予想外のすばらしいプレイを見せて、自分たちの株をあげてくれれば、年俸二千ドルがほんのわずかながらでも保証されるのだった。
 その日はシーズン最後の練習で、ダーリングは八十ヤードも独走したのだが、疲労をおぼえるどころか、むしろ爽快な気分で、楽に深々と息をしながら、笑顔で小走りにもどってきた。汗が顔をつたわって流れ落ち、セーターをぐしょぐしょにしたが、油のように皮膚をなめらかにする、生温いこの湿り気が好きだった。フィールドのすみでは、パントの稽古をしている選手がまだ何人かいて、ボールを靴で蹴る音が昼さがりの空に快くひびいた。となりのフィールドでは、新人たちがシグナルを送っていた。クォーターバックの鋭い声、十一人のスパイクのひびき、「突っこめ、さあ、突っこむんだ!」と言うコーチたちの声、選手たちの笑い声、そういったものに、なんとなく愉快な気分になって、グラウンドヘ小走りにもどりながら、サイドラインに並んだ学生たちの拍手と喚声を聞いているうちに、あんな独走をしたのだから、コーチもイリノイとの土曜の試合にはきっと自分を先発させるはずだと思った。
 十五年か、とあの練習試合の後に浴びたシャワーを思い浮かべて、ダーリングは感慨にひたるのだった。身体の汗を流す熱湯、山のような石鹸の泡。流れ落ちる水に合せて歌う若々しい歌声、交錯するタオル、あわただしく出たりはいったりするコーチたち、冬緑油(とうりょくゆ)の甘酸っぱいにおい。

……《八〇ヤード独走》より


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***