「饗宴」

プラトン/戸塚七郎訳

エキスパンドブック 215KB/ドットブック版 165KB/テキストファイル 101KB

300円

ギリシアの哲学者プラトンの、ソクラテスを主人公にした対話編の代表作。酒を酌み交わす饗宴のなかでエロスの神を順番に讃えようではないかという提案がなされ、面白おかしいさまざまな神話的・歴史的逸話を盛り込んだ演説が披露される。最後が酒豪ソクラテスの番であった。ソクラテスはエロスを美そのものへの渇望ではないかと説いてイデア的な美学を展開する。

プラトン(前427〜347)古代ギリシアの哲学者。ソクラテスに学び、その死後、各地を遍歴、アテナイに戻って学園アカデメイアを創立した。その著作のほとんどは師ソクラテスに範をとり、対話によって真理に近づこうとする対話編という形式をとっている。代表作に『ソクラテスの弁明』『饗宴』『国家』『法律』など。

立ち読みフロア
「さて諸君、」パウサニアスは言った、「どうやったら最も気楽に飲めるだろうか。ところで、私としてはぜひ申し上げておきたい。この私は、昨日の酒のためまったくもってひどい状態で、少し息抜きの必要を感じている。また、諸君の中にもそういう方が大勢おられると私は見ている。なぜなら、諸君も昨日酒宴に出席しておられたのだから。そこで考えていただきたい、どういう風にしたら最も楽に飲むことができるかを」
 するとアリストパネスが言ったそうだ、
「これはパウサニアス君、実にいいことを言ってくれた、あらゆる手をつくして酒を気楽に飲む方法を考えておこうなどというのは。実は私自身も、昨日酒びたりになったひとりでね」
 すると今度は、アクメノスの息子エリュクシマコスが、彼らの話を聞いて言ったそうだ、
「君たちはなんともいいことを言ってくださる。でも、諸君のうちもうひとりだけに尋ねておく必要がある。それはアガトンなのだが、彼には飲む元気があるのかどうか、この点はどうなのかをね」
「いやいや、私だって」アガトンは言った、「もう飲む気力などありませんよ」
「これはどうやら、」エリュクシマコスは言った、「われわれには天の恵みということになるらしい、私にとっても、アリストデモスやパイドロスやここにおられる方々にとっても。あなたがたのように、飲むことにかけては最も豪の者たちがもうお手上げということなんだから。なにしろ、われわれときたら、飲むほうはいつもだめなんでね。しかし、ソクラテスは論外にしておこう。彼はどちらでもこいという人で、われわれがどっちにしようと、それに満足できるだろうから。それでは、ここにおられる方がたはどなたも、酒をふんだんに飲むということには、気乗りしておられない様子だから、私が酩酊についてその実態がどういうものであるかをお話しても、おそらくそれほど不愉快な感じを与えないであろう。そこで申し上げるのだが、私の考えでは、酔いが人間にとって有害であるというこの点だけは、医学的見地からもう明白なことなのである。だから私は、自分自身も、すすんで度を越して飲もうとはしないだろうし、他人にもそれを勧めはしないであろう。相手が前日来の酔いでまだふらふらしている時にはなおさらである」
「いや確かに」ミュリヌス区出身のパイドロスがその言葉をうけて言ったそうだ、「私はいつも君の忠告に従っているが、とりわけ医学について話すことなら文句なしだ。今日のこの席でも、ほかの方がただって、よく考えたならそうするだろう」
 この言葉を聞くと、人々は皆、その日の集まりは酔いにまかせてではなく、ただただ快く飲むことを心掛けて進めることにしよう、と同意したそうだ。
 
  *
 
「それでは、」エリュクシマコスが言ったそうだ、「各人が望むだけの量を飲み、いっさい強要することがない、というこの点が議決されたのであるから、次に私は、いましがた入ってきた笛吹き女は退席させて、自分で楽しみに吹くなり、気が向いたらこの家の女どものために吹いて聞かせるなりさせとくとし、われわれのほうは、今日のこの集まりを互いに言論を汲み交わすものにしてはどうか、これを一つ提案したい。また、お望みとあれば、どのような言論を交わすか、それを諸君に提案してもいいと思っている」
 すると一同は、それは望むところだと言って、彼に提案するよう求めたとのことである。そこでエリュクシマコスは言ったそうだ、
「私の話の切り出し方はエウリピデスの『メラニッペ』に倣ったものである。というのは、私が提案しようとしているのは、《この話わがものにあらず、ここなるパイドロスのもの》という訳だからだ。つまりパイドロスは、折にふれて私に向かい憤懣(ふんまん)を洩らしてこう言うのだ、『畏れおおいことではないかね、エリュクシマコス君。同じ神でも、ほかの神々には讃歌や頒歌が多くの詩人の手で作られているのに、エロスの神に対しては、あれほど年古く、あれほど偉大な神であるにもかかわらず、これほど大勢の詩人がいながら、ひとりとして一篇の頒歌すら作ったことがないというのは。なんなら、今度は有能なソフィストたちに目を転じてみたまえ。彼らは、ヘラクレスや他の者たちについては散文で賞讃の辞を綴っているではないか。例えば、あの比類なきプロディコスがそうである。そして、これだけのことなら、それほど驚くことでもない。私だってこれまで、賢い人の書物というやつで、有用だという理由で、塩が驚くほどの賞讃を与えられているのにお目にかかったことがある。ほかにもこの種のおびただしい数のものが賞讃されているのを目にすることはできよう。ところで、私が驚くのは、このようなものには大変な熱意を示しながら、エロス神については、今日に至るまで、それにふさわしい讃歌を作ろうと試みた者がひとりもいなかったということだ。いや、かくも偉大な神がこれほどまでに無視されていたのだ』。
 パイドロスのこの言葉は、もっともだと私も思う。そこで、私としては、パイドロスに好意の拠出をよせてその意に応えたいと思うのであるが、同時にまた、今ここでこの神を賞讃で飾り立てるというのも、この場に居合わせるわれわれにとってうってつけではないかと思えるのである。だから、もし諸君の同意も得られるようなら、われわれは言論によって十分な楽しみの時を持つことができるであろう。つまり、私の考えでは、われわれがひとりずつ、右のほうへ順に、エロスを讃える演説をできるだけ美しく述べることにし、まずパイドロスがその口火を切るのがよい、と思う。なぜなら、彼が横になっているのは最上席であるし、それにまた、彼はこの話を持ち出した生みの親でもあるのだから」

……『饗宴』四〜五の部分より

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***