「谷間のゆり(上下)」

バルザック/菅野昭正訳

(上)ドットブック 274KB/テキストファイル 196KB

(下)ドットブック 249KB/テキストファイル 169KB

各巻600円

青年貴族フェリックスはモルソーフ夫人と知りあい、激しい恋のとりことなる。だが、年も倍の男に慈悲心から嫁ぎ、結婚後は性格破綻者の夫と病気がちの子供たちを育てあげることに精一杯の夫人は、プラトニックな愛しかフェリックスに許そうとしなかった……バルザックの「人間喜劇」の田園生活情景に属する代表作。

バルザック(1799〜1850)ユゴー、デュマとならぶ19世紀フランスを代表する作家。パリ大学に学ぶが中退して文学を志す。出版、印刷などを手がけて失敗したあと、負債返済のために頑張り「ふくろう党」で成功。以後、みずから「人間喜劇」と名づけた膨大な小説群を生み出した。代表作「ウジェニー・グランデ」「ゴリオ爺さん」「従妹ベット」「従兄ポンス」「風流滑稽譚」など。20年間、毎日50杯のコーヒーを飲みつづけて創作に打ち込んだ逸話は、派手な女性遍歴と浪費癖とともに有名。

立ち読みフロア
ナタリー・ド・マネルヴィル伯爵夫人に

 あなたの要望に屈服することにしましょう。私たち男性は、女性から受ける愛よりも深い愛を女性に捧げるものなのですが、その女性の特権とは、なにごとにつけても私たちに良識の規則を忘却させるところにあります。あなたがた愛される女性の額に皺が刻まれるのを目にしたくないために、ほんの些細な拒絶に会うだけで、悲しげにゆがめられるあなたがたの唇の、あの拗《す》ねた表情を晴らすために、私たち愛する男性は、奇跡のように懸隔をのりこえたり、われとわが血を捧げたり、おのが将来を犠牲に供したりするのです。今日、あなたは私の過去を求めておられます。ではそれをお目にかけましょう。が、ナタリーよ、これだけはよく覚えておいていただきたい。あなたの要求に従うために、私がいままでみずから侵したことのない嫌悪の感情を、ついに足下に踏みにじらねばならなかったということだけは。それにしても、ときとして、幸福のさなかに私を唐突にとらえる長時間の物思いに、あなたはなぜ疑いをかけるのです? 私が沈黙をまもっているあることがらについて、なぜ愛される女性特有のあの美しい怒りの表情をうかべるのです? その原因を尋ねたりなさらずに、私の性格の明暗の対照と気軽に戯れてはいただけなかったのでしょうか? あなたの心になにか暗い秘密でもあって、それが許されるためには、私の秘密が必要だとでもいうのでしょうか? 要するに、ナタリーよ、あなたはちゃんと見ぬかれたのですし、おそらく、あなたにすべてを知ってもらうほうがいいのでしょう。そうです、私の人生はある亡霊に支配されており、その亡霊は、ほんのちょっとした言葉で誘いかけられさえすれば、すぐに茫漠と姿をあらわし、往々にして、自然に私の頭上に出現して動きまわることもあるのです。穏やかな天候のときにははっきりと見え、嵐のときの大波で断片となって浜辺にうちあげられるあの海底の藻草のように、私の魂の奥底には、重苦しい思い出が埋もれているのです。もろもろの思いを表現するために否応なく強いられるこの苦業のなかには、あまりに唐突によみがえってくる場合など、私にじつに深い苦痛をあたえる往時のさまざまな感動がふくまれておりますけれども、よしんばこの告白のなかにあなたを傷つけるような強烈な光があるにしても、あなたご自身が、あなたの要求に従わなければと私を脅《おびやか》したのだということを、どうか思いだしてください。要求に従ったという廉《かど》で、私を懲《こ》らしめたりはなさらないでください。この告白談があなたの優しさをますます深めてくれれば、と願っております。では、今晩また。
 《フェリックス》



二つの幼年時代

 私たちがいつの日にか苦悩の感動的な悲歌と画像を得られるとしたら、まだやわらかな根は家庭という土壌のなかで堅い小石にばかりぶつかり、芽ばえたての若葉は憎しみの手でひきちぎられ、花々はいましも開こうとする瞬間に霜にうたれてしまうような人々が耐え忍ぶ苦悩の、こよなく感動的な悲歌と画像を得られるとしたら、それは涙を糧《かて》にして育ったどのような天才の力によるのでしょうか? 唇は苦い乳房に吸いつき、微笑は厳しいまなざしの焼けつくような炎におさえつけられてしまう子供、私たちにそういう子供の苦しみを語ってくれるのは、いったいどのような詩人でしょうか? 本来は周囲で感受性の成長を助けてくれるべき人々のために、逆に心を虐げられるそういう哀れな人間を描いた小説があるとすれば、それこそまさに私の少年時代のありのままの物語になることでしょう。私が、生まれたばかりの私が、どんな虚栄心を傷つけたというのでしょうか? どういう肉体上あるいは精神上の不具のために、私は母の冷淡な扱いを受けねばならなかったのでしょうか? 私は夫婦の義務でできた子供、思いがけず生まれてしまった子供、あるいは生きているのが呵責《かしゃく》の種になる子供であったのでしょうか?

 田舎へ里子に出され、三年間家族から忘れられたすえ、やっと父の家へもどってきたときにもほとんどものの数にいれられず、私は召使たちの同情を買ったほどでした。この最初の見放された状態から立ち直ることができたのが、どんな感情の助力によるのか、どんな幸運な偶然の助力によるのか、私にもとんと見当がつきません。なにしろ子供の頃はなんのわきまえもありませんでしたし、大人になってからもなにひとつわからないのですから。兄と二人の姉とは、私の境遇をやわらげてくれるどころか、逆に私をいじめておもしろがるのでした。子供たちにとって小さな過ちを隠す手段となり、子供たちに早くも名誉ということを教えこむあの黙契なるものも、こと私に関しては存在しませんでした。そればかりでなく、私はしばしば兄の過失のために罰を受けることさえあり、しかもそういう不当さに抗議することすらできなかったのです。子供のなかにもすでに芽ばえている諂《へつら》いの根性に操られて、彼らは私を苦しめる虐待に力を貸し、自分たちもやはりこわがっていた母親の機嫌をとろうとしたのでしょうか? それとも、あれはややもすれば人真似に陥《おちい》りがちな性癖のしからしめるところだったのでしょうか? あるいはまた、力を試してみたいという欲求のせいだったのでしょうか、憐れみの心がなかったためなのでしょうか? おそらく、これらの原因が寄りあつまって、兄弟愛の楽しさを私からとりあげたわけなのでしょう。すでに愛情の恵みはいっさい奪いとられていましたから、私はなにひとつ愛することができませんでした。しかも、私は生まれつき情愛の深い性質だったのです! たえず冷遇ばかりされているこういう情に脆《もろ》い人間の洩《も》らす吐息を、どこかの天使が受けとめてくれるものなのでしょうか? ある人々の心のなかでは、無視された感情はやがて憎悪に変わるものだとしても、私の心のなかでは、それは一つに集中して河床を掘り、後年、そこから私の人生の上に勢いよく溢れだすことになったのです。当人の性格にもよることですが、いつもおずおずする習慣が身につくと、生まれつきの気質が弱められ、恐怖心が生じてきます。そして、恐怖心はいつも屈服を強いるのです。人間を堕落させ、なにかしら奴隷じみた根性を吹きこむ弱さは、そこに由来するのです。しかし、このたえまのない暴風のおかげで、私は、行使するにつれて威力を増し、精神的な抵抗の素質を魂に植えつける力を思うさまふるう習慣を、身につけることができるようになりました。ちょうど殉教者が新しい打撃を待ちかまえるようにして、いつも新しい苦悩を待ちうけているうちに、私の全存在はいつしか陰鬱な諦め、幼少時に特有の愛くるしさや活発さをその蔭に押し殺した陰鬱な諦めをあらわすようになったのにちがいありませんが、こうした態度が白痴の徴候とみなされ、母のいまわしい予想を裏がきしたのでした。が、この不当な仕打ちという確信によって、私の心のなかには、年齢のわりに早熟な自尊心が掻《か》きたてられました。ああいう教育法に助長されそうな悪い傾向を、かえって阻止してくれたらしい自尊心という理性の果実が。
 母にはほっとらかしにされていましたけれども、それでもときおりは気づかいの対象になることもあって、ときどき彼女は私の教育のことを話題にし、自分がその役に当たりたいという希望を表明することがありました。そんなとき、母と毎日接触することになったらいったいどんな苦痛に襲われるだろうと考えると、激しい戦慄《せんりつ》が私の背筋を走るのでした。私はほったらかしの状態を心から喜び、庭で小石と遊んだり、昆虫を観察したり、大空の青さを眺めたりしていられて幸福だと思っていました。よしんば孤独が私を夢想に導いたにはちがいないにせよ、私の瞑想好みの性質はある偶然のできごとにも由来しているのであり、このできごとをお話しすれば、私の幼い頃の不幸の姿は、あなたの眼前にまざまざと描きだされるだろうと思います。なにしろ、私はほとんど問題にされていませんでしたから、ときには家政婦が私を寝かしつけるのを忘れることさえありました。ある晩、一本のいちじくの木の下にそっとうずくまり、子供の心をすっかりとらえてしまうあの好奇心にみちた情熱に駆られながら、しかも早熟な哀愁癖のせいで、そこに一種の感傷的な知性とでもいったものまでつけくわえながら、私はじっと一つの星を眺めていました。姉たちが遊びに興じ、さかんに騒ぎ声をあげていました。その遠くの騒がしさが、私にはさまざまな想念の伴奏のように聞こえました。やがて騒ぎ声もやんで、夜になりました。偶然、母が私のいないことに気づいたのです。お叱りを避けようとして、家政婦のカロリーヌ嬢という口やかましい女は、私が家をひどく嫌っているなどと言いはり、母のまちがった懸念を裏づけてしまったのです。もし彼女が注意ぶかく見張っていなかったら、私はとっくに逃げ出していただろうとか、私は知能こそ低くないが、陰険な子供なのだとか、世話を任された子供たち全部をとってみても、私ほど性質のひねくれた子にはついぞぶつかったこともないなどと、彼女は言いたてたのです。そして私を探すようなふりをして、私の名前を呼びました。私は返事をしました。彼女はいちじくの木のところへきましたが、私がそこにいることはちゃんと知っていたのです。

……(巻頭より)


購入手続きへ  (上) (下)


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***