「テンペスト(あらし)」

シェイクスピア/大山俊一訳

ドットブック 130KB/テキストファイル 72KB

400円

ミラノ大公の地位を追われ、娘とともに無人島に流れ着いたプロスペローは、修得した魔術を用いてあらしを起こし、自分をおとしいれた敵たちの船を難破させ、島にたどりつかせる。……だが最後には改悛した敵たちを許し、ともにミラノへと帰る。再生と和解のテーマを謳いあげたシェイクスピア最晩年の名作。

ウィリアム・シェイクスピア(1564〜1616) イギリスの劇作家・詩人。ストラトフォードに生まれたが、幼いときの伝記的資料はなにも残っていない。1582年に8歳年上のアン・ハサウェーと結婚、3児の父となる。1587年ごろ、ロンドンに出て劇団に加わり、木戸番をへて、俳優にもくわわり、劇作をはじめた。はじめは「ヘンリー六世」「リチャード三世」などの史劇と「じゃじゃ馬ならし」など喜劇を書いたが、その後「真夏の夜の夢」「ロミオとジュリエット」「ヴェニスの商人」などを次々と発表して、劇作家としての地位を不動のものにした。17世紀に入ると、悲劇に興味が移り、「ハムレット」「オセロー」「リア王」「マクベス」の有名な四大悲劇を完成するとともに「冬の物語」「あらし」などのロマンス劇にも手を染めた。晩年は、故郷に帰って家族とともに数年を過ごしたと推測されるが、その生涯はいまなお多くの謎を残している。

立ち読みフロア

第一幕

第一場 海上にある船


〔すさまじいあらしの音(舞台上、雷鳴は横に倒したはしごの上に石を転がしたり、樽の中に大砲の弾《たま》を転がしたり、稲妻は火の上に火薬や松やにを撒いたりして効果を出す)、雷鳴、稲妻。船長と水夫長登場〕
【船長】 水夫長!
【水夫長】 ここです船長。どうかしましたか?
【船長】 よおし。水夫たちに言ってくれ。頑張ってくれ、さもないと浅瀬に乗り上げてしまうぞ。さあ動け、動け。
〔水夫たち登場〕
【水夫長】 おおいみんな! 元気を出せ、元気を出せ! 頑張れ、頑張れ! 上檣帆《じょうしょうはん》を下ろせ!〔風下側の岸に流されるのを防ぐための定法〕船長の笛に注意しろ。おのれあらしめ、息が切れるまで吹きやがれ、船が動けるあいだは吹きやがれ!
〔アロンゾー、セバスチャン、アントーニオー、ファーディナンド、ゴンザーロー、その他登場〕
【アロンゾー】 水夫長用心深くな。船長はどこだ? 皆を励ましてくれ。
【水夫長】 どうか下におって下さい。
【アントーニオー】 船長はどこか? と聞いているのだ水夫長。
【水夫長】 船長の笛の音が聞こえんのですか? 仕事の邪魔です。船室におって下さい。あらしの手助けになりますぞ。
【ゴンザーロー】 まあまあ君、腹を立てんで。
【水夫長】 海だって腹を立てているんだ。退《の》いた退《の》いた! このほえたてる大浪が国王の名前など気にするもんか! 船室へ行った行った! 問答無用! 邪魔だて無用!
【ゴンザ】 よろしい、だがどういうお方をお乗せしているかは忘れんようにな。
【水夫長】 いや〔怒り心頭に発した水夫長〕、わっしにとってわっし自身より可愛い者はこの船には一人も乗っとりません。あんたは宮中顧問官、もしあんたがこれら四大元〔当時宇宙は火、空気、水、土の四大元、四要素から成り立っていると考えられていた。ここではつまり浪風のこと〕に沈黙するよう命令し、この目の前のものを鎮めるよう操作出来るんなら、わっしらは二度とロープを手にしませんや〔つまり船乗りをやめること〕。あんたの威力を試してみなさるがいい。それがだめなら、今まで生きのびたことを有難く思い、まさかの時に備えて船室でお祈りしていなさるがいい。みんな元気を出せ! 退《の》いて下さいというに!
〔退場〕
【ゴンザ】 この男なら安心だ。この男には溺死の相はないようだ。奴の人相は完全に絞首台だ。〔当時の格言に「絞首台行きの者は溺れて死ぬことなし」というのがある〕「運命」の女神よ、どうか奴の絞首刑を確固不動にして下さい。奴の運命のロープをわが船の錨《いかり》の鎖《くさり》として下さい、この船のは一向に役に立ちませんから。もし奴が絞首刑に生まれついてないとすると、状況はわれわれにとりまことに悲惨だ。
〔水夫長登場〕
【水夫長】 中檣《しょう》を下ろせ。頑張れ、もっと下ろせ、もっと。大檣帆《しょうはん》で風に乗れ。〔中で叫び声)くそ、喧《やかま》しい奴らめ! 彼奴《きゃつ》らの声はあらしより、船の号令よりなお高い。
〔セバスチャン、アントーニオー、およびゴンザーロー登場〕またかね? ここに何の用があるんです? 仕事を放り出して溺れろってんですかい? 沈没したいとでもいうんですかい?
【セバスチャン】 畜生、お前の喉笛なんか疫病にかかりやがれ! おのれ、があがあがなりたてる罰当《ばちあた》りめ、薄情な犬《いぬ》め!
【水夫長】 そんなら自分でやんなさい。
【アント】 絞り首だ、犬め、絞り首だ。この下種《げす》野郎、喧《やかま》しい無礼者め! われわれは溺れることをお前らのように怖れてはおらんぞ、
【ゴンザ】 受け合ってもよろしい、こ奴は溺死しません、たとえこの船がくるみの殻《から》ぐらいの強さしかなく、水洩《も》れ女のように洩れ易くても。
【水夫長】 船は詰め開き、詰め開きだ。両方の帆で海へ出ろ、岸から離せ。
〔水夫たちずぶ濡れで登場〕
【水夫たち】 もうだめだ。お祈りだ、お祈りだ! もうだめだ!
【水夫長】 ええい、俺たちの国はみんな冷たくならなきゃいかんのか?
【ゴンザ】 王様も王子様もお祈りをされている。われらもご一緒しよう。われらの運命も同じなのだから。
【セバス】 もう我慢が出来ない。
【アント】 酔っぱらいどもに命を託して完全にだまされた。この大口の飲ん兵衛め、お前なんか溺れっ放しにして、上げ潮に十回も晒《さら》してやりたい。〔海賊は下げ潮の時に海岸で絞り首にされ、三回の上げ潮で晒された。腹を立てたアントーニオはそれを十回にした〕
【ゴンザ】 でも奴はやっぱり絞り首になります。たとえ海の水すべての一滴一滴がそれに反対だと誓い〔浪、風の吠えるような音〕、いかに大口あけて彼奴《きゃつ》を飲みこもうとしようとも。〔内側で騒がしい音〕
「神よ御慈悲を!」
「船が裂ける、船が裂ける!」
「さらば妻よ、子供たちよ!」
「さらば兄弟!」
「船が裂ける、船が裂ける、船が裂ける!」〔水夫長退場〕
【アント】 みんな王と一緒に沈もう。
【セバス】 王にお別れを言おう。〔アントーニオー、セバスチャン退場〕
【ゴンザ】 こうなったら一千キロの海をやってもいい、荒地でいいから一エーカーの土地が欲しい、のび放題のヒース、茶褐色のハリエニシダ、何が生えていてもいい。すべては上天なる御心《みこころ》のままにさせ給え、ただ何としても乾いた死に方だけは是非したい。〔退場〕

……巻頭より


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