「手仕事の日本」

柳宗悦/著

ドットブック版 828KB/テキストファイル 133KB

600円

陶磁器、染物、織物、雪下駄、弁当箱、太鼓、自在、柄杓、櫛・簪、筆、煙管、革工芸、鯉幟、箒、蝋燭、鉄瓶、箪笥、錠前、菓子櫃、行李、印籠、傘、凧……日本の各地に残る貴重な手仕事の数々。筆者みずからが二十年近くの時間をかけて日本全土をくまなく旅し、自分の目で見、選び取って紹介した「手仕事案内記」。「民芸」への目を育ててくれる、現在でも役に立つガイドブックでもある。芹沢氏による多数の小間絵を収録。

柳宗悦(やなぎ むねよし、1889〜61)民芸運動を起こした思想家、美学者、宗教哲学者。東京生まれ。旧制学習院高等科を経て東京帝国大学卒業。同人雑誌グループ白樺派に参加。生活に即した民芸品に注目して「用の美」を唱え、民芸運動を起こした。1936年(昭和11年)には、目黒区駒場に日本民藝館を設立、機関誌「月刊民藝」を創刊した。朝鮮の美術、沖縄の文化の精力的な紹介、木食仏の発見などは、おもな事跡としてよく知られている。

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前書 手仕事の国

 貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか、今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを。確(たしか)に見届けたその事実を広くお報(し)らせするのが、この本の目的であります。西洋では機械の働きが余りに盛(さかん)で、手仕事の方は衰えてしまいました。しかしそれに片寄り過ぎては色々の害が現れます。それで各国とも手の技(わざ)を盛返そうと努めております。なぜ機械仕事と共に手仕事が必要なのでありましょうか。機械に依(よ)らなければ出来ない品物があると共に、機械では生まれないものが数々あるわけであります。凡(すべ)てを機械に任せてしまうと、第一に国民的な特色あるものが乏しくなってきます。機械は世界のものを共通にしてしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、出来る品物が粗末になりがちであります。それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかく悦(よろこ)びを奪ってしまいます。こういうことが禍(わざわ)いして、機械製品には良いものが少なくなってきました。これらの欠点を補うためには、どうしても手仕事が守られねばなりません。その優れた点は多くの場合民族的な特色が濃く現れてくることと、品物が手堅く親切に作られることとであります。そこには自由と責任とが保たれます、そのため仕事に悦びが伴ったり、また新しいものを創る力が現れたりします。それ故手仕事を最も人間的な仕事と見てよいでありましょう。ここにその最も大きな特性があると思われます。仮りにこういう人間的な働きがなくなったら、この世に美しいものは、どんなに少くなって来るでありましょう。各国で機械の発達を計ると共に、手仕事を大切にするのは、当然な理由があるといわねばなりません。西洋では「手で作ったもの」というと直ちに「良い品」を意味するようにさえなってきました。人間の手には信頼すべき性質が宿ります。
 欧米の事情に比べますと、日本は遥(はる)かにまだ手仕事に恵まれた国なのを気付きます。各地方にはそれぞれ特色のある品物が今も手で作られつつあります。例えば手漉(てす)きの紙や、手轆轤(てろくろ)の焼物などが、日本ほど今も盛に作り続けられている国は、ほかには稀(まれ)ではないかと思われます。
 しかし残念なことに日本では、かえってそういう手の技が大切なものだという反省が行き渡っておりません。それどころか、手仕事などは時代にとり残されたものだという考えが強まってきました。そのため多くは投げやりにしてあります。このままですと手仕事は段々衰えて、機械生産のみ盛になる時が来るでありましょう。しかし私どもは西洋でなした過失を繰返したくはありません。日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史を更に育てるべきだと思います。その優れた点をよく省み、それを更に高めることこそ吾々の務めだと思います。
 それにはまずどんな種類の優れた仕事が現にあるのか、またそういうものがどの地方に見出せるのか。あらかじめそれらのことを知っておかねばなりません。この本は皆さんにそれをお報(し)らせしようとするのであります。地方に旅をなさる時があったら、この本を鞄(かばん)の一隅に入れて下さい。貴方がたの旅の良い友達となるでありましょう。

 元来我国を「手の国」と呼んでもよいくらいだと思います。国民の手の器用さは誰も気付くところであります。手という文字をどんなに沢山用いているかを見てもよく分かります。「上手(じょうず)」とか「下手(へた)」とかいう言葉は、直ちに手の技を語ります。「手堅い」とか「手並がよい」とか、「手柄を立てる」とか、「手本にする」とか皆手に因(ちな)んだ言い方であります。「手腕(しゅわん)」があるといえば力量のある意味であります。それ故「腕利(うできき)」とか「腕揃(うでぞろい)」などという言葉も現れてきます。それに日本語では、「読み手」「聞き手」「騎(の)り手(て)」などの如く、ほとんど凡ての動詞に「手」の字を添えて、人の働きを示しますから、手に因む文字は大変な数に上(のぼ)ります。
 そもそも手が機械と異る点は、それがいつも直接に心と繋(つな)がれていることであります。機械には心がありません。これが手仕事に不思議な働きを起させる所以(ゆえん)だと思います。手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創(つく)らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。そうしてこれこそは品物に美しい性質を与える原因であると思われます。それ故手仕事は一面に心の仕事だと申してもよいでありましょう。手より更に神秘な機械があるでありましょうか。一国にとってなぜ手に依る仕事が大切な意味を持ち来(きた)すかの理由を、誰もよく省みねばなりません。
 それでは自然が人間に授けてくれたこの両手が、今日本でどんな働きをなしつつあるのでしょうか。それを見届けたく思います。

……冒頭より


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