「舞姫タイス」

アナトール・フランス/岡野馨訳

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500円

紀元四世紀ごろ、エジプトの砂漠で禁欲と瞑想の生活をおくるパフニュスは聖者として評判が高かったが、かつて淫靡な都市アレクサンドリアで知りあったことのある舞姫タイスを思い出し、出向いて淫蕩の暮らしから足をあらわせようと決意する。饗宴の一夜ののち、タイスは改宗して修道院にはいり、パフニュスは砂漠にもどる。だが、彼はタイスをあきらめることはできなかった…

アナトール・フランス(1844〜1924)パリ生まれ。懐疑的色彩の濃い知的なディレッタンティズムと優美な詩情を特色とする多くの長短編を残し、1921年にはノーベル賞を受けた。他の代表作に「シルヴェストル・ボナールの罪」「赤い百合」「神々は渇く」などがある。

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第一部

蓮華(ロータス)篇

 その頃、砂漠には隠遁者たちが住んでいた。ナイル河の両岸には隠遁者たちが柴や粘土で手ずから結んだ無数の草庵が、独居の生活をわずらわされぬとともに時に応じては互いに助け合うこともできるように、ある距離を置いて散在していた。ところどころ、屋根に十字架をあげた聖堂が、草庵の上にそびえていた。聖祭日のたびに、修道士たちは、その聖堂におもむいてミサに列し、秘蹟をさずかるのであった。ずっと河にのぞんで、また幾つかの修道院があったが、そこに住む修道士たちは、めいめい、その手狭な独房に深くこもっていて、時々集まりはしたが、それは更に孤独を味わおうとするためであった。
 隠遁者や修道士たちは、禁欲の生活を営み、日没後でなければ食物もとらず、食事としては、パンに少しばかりの塩とヒソップ〔ミントの一種〕とを添えて食べるだけであった。中には、砂漠の奥深くへはいって行き、洞窟や墓穴を宿にして、更に変わった生活を送る者もあった。
 いずれもみな、邪淫の戒を守り、身には苦行帯や道服(キウキウル)をつけ、深夜まで勤行(ごんぎょう)しては地面へじかに眠ったり、祈祷したり、聖詩を唱えたりしていた。つまり、日ごと日ごとに贖罪(しょくざい)苦行の立派な仕事をなしとげて行った。人間には原罪〔人間の祖アダムの犯した罪〕というものがあるというので、快楽や満足ばかりか、俗世間の眼で見れば欠いてはならぬと思われる身の養生までも、しりぞけていた。四肢(しし)の患いは霊魂をすこやかにするものであり、腫れ物や傷こそ肉体にとって最もすぐれた飾りであると、彼等は信じていた。こうして預言者たちの「砂漠は花もて蔽(おお)われん」と言った言葉は、実現されて行った。
 この神聖なテバイドの住民のうち、ある者は苦行と瞑想とに日を消し、ある者は綜欄(しゅろ)の繊維をあんで生計を立てたり、刈入れ時には近隣の農家に雇われたりしていた。異教徒たちは、この人びとの中には追はぎをしたり、隊商(キャラバン)を襲っては掠奪(りゃくだつ)をこととする浮浪のアラビア人と組んだりしているものがあると、無実の疑いをかけていた。けれども、実際のところ、修道士たちは富を蔑視し、彼等の徳の香は天上までも立ち昇っていたものだ。
 若者の姿をした天使たちが、旅人のように手に杖を持って隠遁者たちを訪れて来るかと思えば、また一方では、悪魔たちはエチオピア人や畜類にばけて彼等を誘惑しようとして、そのまわりをうろついた。朝、泉の水を水甕(みずがめ)に汲みに行くみちすがら、修道士たちは半人半山羊(サチール)の魔神や半人半馬(サントール)の魔神の足跡が、砂上に印せられているのを見た。実際上から言っても精神的な点から言っても、テバイドの地は、天国と地獄とのもの凄い戦闘が絶えず行われる修羅場であった。ことに夜はそうであった。
 隠遁者たちは、悪魔の群れにはげしくせめたてられたが、神と天使たちとに助けられ、断食、悔悛、難行苦行などをして身を守ることができた。時には、無慙(むざん)にも肉欲の激しい衝動に責めさいなまれて、苦しさの余りにわめき叫び、もだえる呻(うめ)きが、星空の下で餓えた山狗(イーヌ)の啼き声とこだまし合うこともある。その時こそ、悪魔が、妖艶な姿をして彼等の前に現われるのであった。総じて悪魔は、実際はどれほど醜いものでも、時によっては本性が見分けられないほど美しい姿をすることがある。テバイドの隠遁者たちは、その独居のうちにあって、俗世間の耽溺(たんでき)生活を送っている者さえしらぬほどの淫靡(いんび)歓楽の影像を驚き恐れながら眼にした。しかし十字架が彼等の上に置かれていたので、誘惑に陥ちなかった。それで悪魔たちはもとの姿に戻って、東が白んで来ると、恥辱と憤怒とに心をみたして帰って行った。夜明けがた、泣き濡れて逃げて行く悪魔に出会うことは珍しくなかった。そして、わけを訊ねる人があると、こう答えた。「俺はここに住むキリスト教徒の奴に、笞(むち)で叩かれ、不面目にも追っ払われたので、泣いたりうめいたりするのだ」
 砂漠の長老たちは、罪人や不信者の上に、権力を持っていた。彼等の慈愛は、時とすると恐ろしいものになった。彼等には、真の神に対して不敬を働いた者を罰する権能が使徒たちから与えられていたので、彼等から罰せられた者は、もう救われる術(すべ)はなかった。彼等の笞(むち)で叩かれた悪人を呑み込むために大地が裂けた、と、村々や遠くはアレクサンドリアの町の人々まで、恐ろしげに物語っていた。それゆえ彼等は、素行のおさまらない人、ことに狂言師、道化役者、妻帯の僧、娼婦などから恐れられていた。

……冒頭より

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