「時の塔」

レイ・カミングズ/川口正吉訳

ドットブック版 285KB/テキストファイル 152KB

600円

仲良しの2人の若い科学者はテレビ・セットでの受信実験をおこなっていた。だが予定の放映はおこなわれず、画面には不思議な映像が映し出された。大都市の公園と思われる場所が映し出され、そこに巨大な塔が立っていた。そのバルコニーに1人の少女が現われ、2人の助けを求めたが、塔はそのまま消え去った。少女はタイムマシンの塔に乗って未来から到着し、現在からの救助を求めたのだ! 背後には世界制覇をもくろむ「悪」がうごめいていた……。エジソンの秘書も勤めたことのある異色の履歴で知られるカミングズの代表作。アメリカのH・G・ウェルズと言われ、絶大な人気を博した作家の手になるSF古典。

レイ・カミングズ(1887〜1957)ニューヨーク生まれのSF作家。金鉱さがし、油田の人足などをやったあげく、発明王エジソンの秘書を5年間つとめた。1919年、31歳のとき初めてSFを発表、以後パルプ雑誌「アーゴシー(ARGOSY)」の常連として多くのSF作品を発表した。その作品の多くは現在もペーパーバックで読み続けられている。

立ち読みフロア
 アランとわたしとで彼の工作室にテレビ・セットをすえつけ終ったばかりであった。そのときあの、異様で不可解な影の女がそれに映ったのだ。真夜中近い時刻で、今年六月のある蒸し暑い晩であった。
 わたしたちは一と晩中すえつけに精をだしていた。工作室の片隅には、アランの妹のナネットが、まるで緑色の粘土でつくった小さな彫刻のように静かに腰かけていた。彼女はときどき思いだしたように、わたしたちに仕事のはかどりを訊ねた。
 わたしたちは、ニューヨークの数ある放送局のひとつから、午後十一時半放送と広告のでていたあるプログラムを受信しようと、せっせとテレビ・セットをすえつけていたのである。
 部屋は暗く、わたしたちは小さな計器テーブルに向って坐っていた。テーブルのうえには十九インチのスクリーンが壁を背にまっすぐに立てられていた。電流が入り、セットはかるくブーンと唸(うな)った。わたしたちはすぐに、どこかがおかしいと気づいた。スクリーンの照明が不平均である。必要なチャンネルを正確にさがしだすことができない。その時刻に放映のはずのどの局も入ってこないのである。
 わたしが手当りしだいにダイヤルをまわし、アランが接続をいちいち確かめた。ナネットは失望し、めだって苛立(いらだ)ってきた。
「何も放送していないのかしら?」
「もうすぐだよ、ナン。アランのアースのつけかたが拙(まず)かったらしい。ぼくたち他の点はすべて間違いなく――」
 わたしはとつぜんに絶句した。彼女の腕に手をかけていたわたしは、無意識のうちにぎゅっと彼女の手を握っていた。三人は息をのんだ。スクリーンに映像ができかかっているのだ。
 アランが鋭く叫んだ、「さわるな、エド!」わたしはダイヤルから手をひっこめた。
 わたしたちは極度に緊張し、スクリーンを穴のあくほど見詰めた。ますます関心が高まった。やがて不審の気持が高まり、恐ろしくさえなってきた。そのうちにとうとう、わたしたちの心は、なにかばく然とした不安でぎりぎりと緊(し)めつけられてきた。
 なぜならこのとき三人が直面していたものは、とほうもない奇跡――不可知そのものであったからである。
 スクリーンの輝きが異常である。ふつうの銀灰色の輝きではなく、蒼(あお)ざめた淡い星のひかりのようなものでスクリーンが照らされている。映像はぼやけていたが、じょじょに鮮明になってきた。微(かす)かな、紫色の空が映っている。そこには靄(もや)のようなたくさんの星がある。
 わたしたちはすわったまま、テレビ映像の奥の奥を凝視していた。測ることができないほど深い、無限の距離の彼方だ。前景に、かすかな、青灰色の影があつまりはじめたときの印象を、わたしはいまでもはっきり想いだすことができる。これは地球上の一場面だろうか、とわたしはそのときすぐ訝(いぶか)ったのだ。どうしてもそうは見えなかった。星あかりのなかの、薄ぼやけた物影。這(は)いよる影の靄(もや)。それらの影がしだいに凝結して漠々(ばくばく)としたもののかたちをなしつつある。

……冒頭より


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