「トム・ソーヤーの冒険」

マーク・トウェイン作/鈴木幸夫訳

エキスパンドブック 1179KB/ドットブック版 271KB/テキストファイル 195KB

500円

ミシシッピ川にのぞむちっぽけな町を舞台に、野生児トムが引き起こす騒動やいたずらと、それをめぐる大人たちの右往左往を描いたトウェインの代表作。浮浪児ハックとの好奇心からおこなった冒険は現実の殺人事件を目撃することになり、二人は真の恐怖も経験する。宝探し、いかだ下り、小島での野営、洞窟の恐怖、ガールフレンドとのやりとりなどを通じて、トムは多くのことを学んでいく。

マーク・トウェイン(1835〜1910)ミズーリ州の寒村生まれのアメリカの作家。皮肉たっぷりのユーモアや痛烈な社会批判をアメリカ英語で展開、現代アメリカ文学の先駆者のひとり。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンス。12歳のとき、父の死により、印刷屋の従弟になり、その後新聞社で植字工として働き、かたわら、小品の投稿を始めた。30歳のときに発表して、のちに「その名も高きキャラベラス郡の跳び蛙」と改題された作品で、一躍有名になった。東部の上流階級の娘と結婚、その後はニューヨーク州バファローで暮らし、その後コネティカット州ハートフォードに移った。このころに書かれた三部作「トム・ソーヤーの冒険」「ミシシッピ川上の生活」「ハックルベリ・フィンの冒険」は、「王子と乞食」とならんで代表作となった。

立ち読みフロア
「トム!」
 返事がない。
「トム!」
 返事がない。
「どうしたんだろうね、あの子は。これ、トム!」
 おばさんはめがねを押し上げ、ずり下げして、上目づかいに、下目づかいに部屋じゅうを見まわした。こどもみたいなつまらぬものを、おばさんがめがねごしに捜すことなどはめったになく、まずけっしてないことだった。めがねはおばさんのよそいきで、心底のご自慢で、「だて」にはかけるが、実用向きではなかったからである。ガラスのかわりにストーブのふたをはめておいても、どうせ同じようなことだった。おばさんはちょっと困った顔をして、きつくはなかったけれど、耳のない家具にも聞こえるほどの大声でいった。
「ようし、こんどこそつかまえたら、きっと――」
 ことばがつづかなかった。このときには、おばさんはかがみこんで、ベッドの下をほうきでつついていたところで、ちょっと手を休めて、ひと息いれる必要があったからである。とび出したのはねこ一匹だった。
「あのいまいましい子にはかなわないよ!」
 開いている戸口のところへ行って、そこに立つと、庭一面のトマトとチョウセンアサガオの草の中を見やった。トムはいない。そこでおばさんは遠くまでとどくぐあいに、鉄砲玉みたいな角度で声を張り上げて叫んだ。
「やーあーい、トム!」
 うしろでかすかな音がした。おばさんはふり向きざまに、少年の上着のだぶだぶをひっとらえて、こんどは逃がさなかった。
「そうら! その戸棚がくさかったね。そこでなにをしていた?」
「なんにも」
「なんにもだって! その手をごらん、口をごらん。その跡(あと)はなんだね?」
「知らないよ、おばさん」
「いいよ、わかってるよ。ジャムにきまっている。あれほどいっておいたのに、ジャムに手を出せば、お仕置(しお)きだって。そのむちをおよこし」
 むちが空(くう)に舞った。あわや、という一瞬。
「あっ! うしろに、おばさん!」
 おばさんはくるりとふり返ると、スカートをひっつかんで危険をさけた。このときとばかり、少年は逃げだし、高い板塀をよじのぼって、その向こうに姿を消した。ポリーおばさんは、はっと、あっけにとられて立っていたが、それからやさしく笑いだした。
「いやな子だよ。わたしもうっかりもんだね。あの手を食わされどおしで、こんどばかりは用心しててもいいのに。でも年よりのばかときたら、ほんとうにどうしようもないばかなもんだ。おいぼれ犬には新しい芸はしこめないっていうからね。でもあの子は二日とつづけて同じ手はつかわない。つぎはどうくるか、わかりゃしない。どれぐらいじらせば、わたしがしびれを切らすか知っているようだし、ほんのしばらく、うまうまと、わたしの気をはぐらかすか、笑わすことができれば、すっかりご破算になって、たたかれっこないことも知っている。わたしはあの子に義務をおこたっているよ。まったく神さまのおっしゃるとおり。むちを惜しめばこどもをだめにする、とご本にいってある。あの子とわたしのためにも罪と苦しみのうわぬりというものだ。どうしようもない子だけれど、やれやれ、死んだ妹の子とあれば、かわいそうに、どうにもむちを当てる気にはなりゃしない。許してやるたびに気がとがめ、たたけばたたいたで、そのたびに胸がはりさける思いがする。さてさて、女から産まれる人は日が短く、なやみ多し(『旧約聖書』ヨブ記第十四章一節)、と聖書にある。まったくだね。きょうも昼から学校をずるけるだろうから、あしたは仕事をさせて、とっちめてやらなくちゃ。土曜日に仕事をさせるのは、ほかの子がみんな遊んでいるというだけに、そりゃたいへんつらいことだけれど、あの子は仕事をするのがなによりきらいときているし、でもあの子への義務はいくらかでも果たさなくてはね。でないと、あの子をだめにしてしまう」

……第一章 すてきな悪童


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***