「地の果ての燈台」

ジュール・ヴェルヌ/大友徳明訳

ドットブック版 214KB/テキストファイル 127KB

500円

南アメリカ最南端のマゼラン海峡に近いエスタードス島に《地の果ての燈台》が建てられ、アルゼンチン海軍から派遣されたバスケスら3人は、3カ月の間、燈台守としてこの無人島で過ごすことになる。だが、岩礁に囲まれた海の難所であるこの島には、難破船を標的にする海賊の一味が隠れ住んでいた…

ジュール・ヴェルヌ(1818-1905)フランス西部、ロワール河畔のナントの生まれ。幼ないときから科学への好奇心と冒険心を持ち、11歳のとき従妹にサンゴの首飾りをプレゼントしようと、見習い水夫として船に乗りこもうとして、家に連れ戻されたという。1863年に発表した『気球旅行の五週間』で一躍、世界の人気作家となり、「驚異の旅」シリーズを次々と完成した。おもな作品『地底旅行』『八十日間世界一周』『二年間の休暇』など。

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一 発端

 太陽は西側の視界をさえぎっている丘陵の背後に消えようとしていた。天気はよかった。反対側の北東と東の空にまじりあっている海上では、いくつかの小さな雲が最後の残照をとどめていた。南半球の南緯五十五度という高緯度にあってはかなり長く続くこの残照も、まもなく黄昏(たそがれ)の闇(やみ)の中に消えてしまうことだろう。
 太陽の円い表情がもはや上半分しか見えなくなったとき、通報艦〈サンタ・フェ〉号の艦上で大砲がとどろき、アルゼンチン共和国の旗がそよかぜにはためきながら、後斜桁帆(こうしゃこうはん)の斜桁(しゃこう)に掲げられた。
 同時に、〈サンタ・フェ〉が停泊していたエルゴール湾の海岸からほど遠からぬところに建てられた燈台の頂きに、強烈な光がほとばしりでた。燈台守のうちの二人と作業員たちは砂浜に集まり、一方、艦の乗組員たちは船首に集合して、本国から遠く離れたこの海岸に最初にともった燈台の灯をしばし歓呼で迎えた。
 二発の大砲がそれに応え、それが周囲に騒々しくこだまして幾重にも反響した。それから通報艦の旗が戦艦の規定にしたがっておろされ、大西洋と太平洋とが出会う地点に位置するこのエスタードス島にまた沈黙がもどった。
 作業員たちはすぐに〈サンタ・フェ〉に乗船し、島には三人の燈台守だけが残った。
 燈台守の一人は当直室で任務についていたが、ほかの二人はすぐには宿舎にもどらず、海岸に沿ってぶらぶら歩きながら話をかわした。
「バスケス、いよいよ」と若い方が言った。「明日は船がここを出るんだな……」
「そうだ、フェリペ」とバスケスは答えた。「向こうの港に着くまで何ごともなければいいんだが……」
「遠いな、バスケス!……」
「帰りの方が島に来るより近いものさ、フェリペ」
「そんなものかな」フェリペは笑いながら答えた。
「それに」バスケスはつづけた。「風向きが一定でなければ、帰りの方が来るときよりも時間のかからないこともあるし……いずれにしても、千五百マイルくらい、船の機関が上等で帆がしっかりしているかぎり、何でもないさ」
「それから、ラファイエット艦長は行路を充分知っているし……」
「行路はまっすぐだからな。来るときは南に船首を向けたわけだけれど、帰りは北に向ければいいんだ。陸から風が吹きつづければ、海岸にぶつかる心配もなく、まるで川の上をいくようなものさ」
「片方しか岸のない川をね」フェリペは言い返した。
「具合のよい岸なら、それもいいじゃないか。海岸が風上になっていれば、いずれにしてもうまくいくさ!」
「その通りだ」フェリペは賛成した。「でも風がたまたま反対に変わったら……」
「そうしたら運がないんだ。フェリペ、〈サンタ・フェ〉がそんなことにならないといいんだが。三週間もすれば、千五百マイルの海を乗りきって、ブエノス・アイレスの港にまた錨(いかり)をおろすことができる……でも東風に変わりでもしたら……」
「海上にも、陸地の方にも、避難場所が見あたらない!」
「お前の言う通りだよ。フェゴ島にもパタゴニア地方にも、ただひとつも寄港地がないからな。海岸には近づかずに沖合を進まなくてはならない!」
「でも、バスケス、おれはきっと好天気がつづくと思うよ」
「おれだって同じ意見さ、フェリペ。これから先は好天気に恵まれる頃だからな……三か月先のことなら、あぶないけど……」
「すると」フェリペは答えた。「いい時期に仕事が終わったわけだ」
「そうさ、そうなんだ、十二月初旬だからな。北の船乗りにとっては六月初旬みたいなものさ。この季節になれば、突発的に風が吹くようなことはずっと少なくなるし、防水帽を吹き飛ばされたり、船を海中に沈められたりすることもないさ!……それに〈サンタ・フェ〉が向こうの港に着きさえすれば、もうどんなに風が吹き、悪魔の気に入るほど力を強めて荒れ狂おうとかまいやしない!……おれたちの島が燈台もろとも沈むなんていう気づかいはないからな!」
「まったくだ、バスケス。それに、向こうでおれたちについての報告をすませてしまえば、通報艦は交代の燈台守を乗せてもどってきてくれる……」
「三か月後にな、フェリペ……」
「そしてまたこの場所に島を見つける……」
「それからおれたちのこともな」バスケスはパイプをひと息ふかく吸いこんだのち、両手をこすり合せながら答えた。パイプの煙が厚い陰となって彼をつつんだ。「いいかい、この島は、突風によって押されたり押しもどされたりする船に乗っているのとはわけがちがうんだ。つまりこの島が船だとすれば、これはアメリカ大陸の尻尾にしっかりと錨をおろしている船なんだ。しかも錨を引きずったりはしない船なのさ……この辺一体が危険なことは、おれだって承知している! ホーン岬の海域に不幸な評判が立ったというのも当然だ! まったくのところ、もうエスタードス島での難破船の数がつかめなくなっていることも、難破船の残骸をくすねる輩(やから)が身代を作るのにここ以上の場所はないことも、やはり認めなくちゃならん! だがそうしたことはすべて変わるんだ、フェリペ! 今やエスタードス島には燈台がついたんだから、どんな方向から旋風が吹いてこようが灯りは消えはしない! 海をいく船は折りよく燈台を目にして、自分の航路を見きわめる!……燈台の灯りをたよりに進めば、どんなに暗い闇夜のなかでも、サン・ジュアン岬、サン・ディエーゴス小岬、ファローズ小岬などの岩礁に突きあたる危険はないんだ!……この燈台の灯りを守るのはおれたちだし、また事実おれたちはこの灯りを立派に守ってみせる!」
 仲間を力づけずにおかない、こうしたバスケスのきびきびした口調は聞きものだった。おそらくフェリペは、実のところ、この無人島で長い月日を過ごさねばならないことをバスケスよりも深刻に考えていたにちがいない。三人に代る燈台守がくる日まで、同胞たちと音信もできないのだ。
 最後に、バスケスはつけ加えた。
「なあ、この四十年というもの、おれは旧大陸・新大陸の海をほとんどすべて駆けめぐってきた。少年水夫、見習水夫、水夫、水夫長としてな。そして今こうして退職する年齢になってみると、燈台守以上のものになりたいとは思わなくなった。それも何とすばらしい燈台だ!……《地の果ての燈台》とはな!……」

……巻頭より

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