「Zの悲劇」

エラリー・クイーン/田村隆一訳

ドットブック版 240KB/テキストファイル 230KB

500円

一九三三年に発表された傑作。その前年の一九三二年に、シェイクスピア役者ドルリー・レーンが名探偵として活躍するエラリー・クイーンの野心作、いわゆる「ドルリー・レーンもの」四部作のうち、『Xの悲劇』『Yの悲劇』の二作が世に出た。「Z」は、エラリー・クイーンが、前二作の大好評にその野心をさらに刺戟されることによって書きあげた作品で、前作「X」「Y」にもまして、さまざまな創意工夫がなされている。アメリカの地方小都市の政治的な暗黒面、刑務所、死刑囚、死刑執行という劇的な道具立て以外にも、語り手をサム警部の娘ペイシェンスにすることによって、冒頭から前作とはまったく異なる雰囲気を作り上げている。

立ち読みフロア
 これからお話する事件との、わたしの個人的なかかわりは、名探偵ドルリー・レーンの愛読者であるあなたがたにとって、さして興味のあることではなさそうだから、わたしの自己紹介は、女性としての虚栄心のゆるす範囲内で、できるだけ簡単にしておきましょう。
 わたしはまだ若い女性、それはどんな意地悪なあら(・・)さがし屋だってみとめてくれるはず。わたしの、どうにか工夫して大きく青くうるんで見せている瞳だって、そう、ロマンチックな男性諸君のお言葉をかりると、聖なる星のきらめき、大空のような色をたたえているんですって。いつだったか、あのハイデルベルクのハイスクールの生徒、ちょっとイカす男の子ったら、わたしの髪の毛を蜜の光沢にたとえてくれたけど、南フランスのリヴィエラで、ちょっとばかり口喧嘩をしたわたしの国のご婦人によると、たいそうお口の悪い方(かた)でしたけど、このわたしの髪の毛はボロボロの麦わらみたいなんですって。ほんのつい最近、パリの有名な婦人服の店クラリスのサロンで、ナンバー・ワンの八頭身美人のモデルとわたしが肩をならべて立ってみたら、わたしのスタイル、あの小生意気なモデルの肉体美にくらべても、まんざらじゃないってことがわかったくらい。そりゃあむろん、わたしの五体はちゃんとしたもの、それに――だれあろう、あの名探偵ドルリー・レーン氏保証ずみの――きわめて回転のいいオツム、もわたしは持っている。それにまた、わたしの最大の魅力の一つは、『チャキチャキのオテンバ娘』だってよく言われるけど、これだけは、この物語をおしまいまで読んでいただけばわかるとおり、まるっきりのでたらめです。
 ま、わたしのことといったら、めぼしいところは、ざっとこんなもの。あとは、『迷える北欧人』とでもわたしのことを言ったら、ドンピシャリかもしれない。というのは、わたしがセーラー服におさげ(・・・)の少女時代から、あちらこちらとやたらに駈けずりまわったからです。もっともその途中、かなり長いあいだ、エンコしていたことも、ままありました。そう、たとえばロンドンの、あのゾッとするような花嫁学校にはまる二年間、それからまた、パリのセーヌ左岸に十四か月もオミコシをすえていたことだってあります。もっとも、わが名ペイシェンス・サムが、ゴーガン、マチスと並び称されるようなことは、金輪際(こんりんざい)あり得ないということが、はっきりと肝(きも)に銘じられるまででしたけど。はてはマルコ・ポーロのひそみにならって、はるか東洋に旅したこともあるし、かのカルタゴの将軍、ハンニバルをしのんでは、ローマの城門を強襲したことだってある。おまけに、わたしは科学的精神の持ち主ときている。ですから、チュニスではアブサンを、リヨンではクロ・ヴージェ、リスボンではアガルディ・エンテを味わってきたんです。さらにまたアテネの城砦(じょうさい)、パルテノンの神殿まで登りつめて足のつま先をぶっつけたり、サフォーの島の魅惑的な雰囲気のなかで、官能的な歓びにわれとわが身を忘れたことだってあるのです。
 こんなこと、あらためて言うまでもないでしょうけど、あんなにすばらしい旅行ができたのも、ひとえにお小遣いがたっぷりあったこと、おまけに都合のいいことに乱視で、しかもユーモアのセンスをかねそなえているという、世にもめずらしき付添婦人と、旅行中ずっといっしょだったからなのです。
 そうね、旅というものは、まるで泡立ちクリームそこのけ、つぎからつぎへととめどもなくひろがって行くみたい。といって、泡立ちクリームもなんべんもおかわりしたら、それこそ胸がむかついてしまう。旅行だってそのとおりだわ、美食家みたいに、とどのつまりは栄養本位のあっさりした手料理のほうがありがたくなるというわけ。そこでわたしは、いちずに意をかためると、同行の世にもめずらしき付添婦人とアルジェで別れ、一路アメリカへと向かったのです。やがて、あのなつかしいロースト・ビーフのような父の顔を一目見たとたん、美食にげんなりしていたわたしのホームシックもすっかりけしとんでしまいました。ところが、父ときたら、わたしがボロボロになるまで愛読していたD・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』のフランス版を、ニューヨークへ持ちこもうとしたものだから、腰をぬかさんばかりにおどろいてしまったのです。わたしはこの小説を、あのロンドンの花嫁学校の寄宿舎の自室で、あくまでも芸術的な感動にかられて幾晩も読み続けていたんですけどね。もっとも、このささいな問題も、わたしの希望どおりということに落着し、父にせきたてられるようにして税関の手続きをすませると、わたしたち親子は、ちょうど古巣へ舞いもどって行く二羽の鳩(はと)みたいに、なにか照れくささをおたがいに感じあいながら、問わず語らず、ニューヨークの父のアパートへ、ただ黙々と帰って行ったのです。

……冒頭部分より

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***