「トレント最後の事件」

E・C・ベントリー/宇野利泰訳

ドットブック 282KB/テキストファイル 218KB

600円

アメリカ財界の大物が射殺され、謎にみちた事件の究明に乗り出したトレントは、喪服の美しい未亡人メイベルに出会う。この重要容疑者に愛情を感じた彼は、推理によって突き止めた真相を書き残して旅に出る。その後、再会した二人は、残された疑問の解決に再び挑戦する。と、そこには意外な事実が……。陪審員制度の危険性に警鐘をならす、現代人必読のミステリー傑作。この作品は本格長編黄金時代の幕開けを告げるものでもあった。著者はこの一作の声価によって1936年、チェスタートンの死のあと英国推理作家クラブの会長に選ばれた。かつて江戸川乱歩氏も激賞した作品である。

E・C・ベントリー(1875〜1956) ロンドン生まれの英国のジャーナリスト・作家。オックスフォード大卒業後弁護士になるが、1902年から「デイリー・ニューズ」紙、その後「デイリー・テレグラフ」に移り、一時期の引退を挟んで47年までジャーナリストとして活躍。1913年に発表した長編「トレント最後の事件」により歴史に名前を残した。

立ち読みフロア
一 凶報

 わるい知らせと、わるい知らせに見えるだけのもののあいだに、世人はどのようにして、正しい差別をつけることであろうか?
 策謀家をもって知られたシグズビー・マンダーソンは、何者かの手によって放たれた凶弾で、そのしぶとい頭脳を粉砕されるにいたったのだが、社会はそれに対して、一滴の涙さえ流さなかった。それはむしろ、この世の富が、いかにはかないものであるかを教えたにすぎなかった。この死者は、おどろくばかりの巨大な富を蓄積したのだが、その死にさいして、忠実な友として悼(いた)みの言葉を述べる者もなく、死後に名声を伝える行為も知らずに、わずかの間に忘れ去られてしまったのだ。ただ、その死が報道されたとき、実業界の渦中に身をおく人々だけが、天地も一時にくずれるかと、はげしい衝動にたじろぐのが見てとれただけである。
 かれの祖国の波瀾にみちた経済史をひもといてみても、かれほどに実業界に威力をふるった男は見出だせなかった。かれはいわば財界の霊廟に、神として祀(まつ)りあげられた存在で、強力な資本を駆使し、巨富をかち得た巨頭も少なくないが、かれの場合、一種独特のおもむきがあった。アメリカ人の胸には、いまだに海賊物語への郷愁が影を落としているが、その青白い円光は、かれの背後にこそ輝いているのだった。意識的に市場攪乱(かくらん)を企てるウォール街の侵略者を駆逐する闘士として、かれは長年にわたって、財界鎮護の神と崇(あが)められていたのである。
 かれの祖父も、そこは往時のこととて小規模ではあったが、ウォール街に覇(は)をとなえた海賊王の一人だった。奪いとった財宝はその子に遺したが、これは株式操作による利を漁(あさ)らず、地道な金融業者として、その長い生涯をおえた。そしてその代に、いちじるしく利を産んだ資産は、そのままマンダーソンに伝えられた。
 生まれついて、巨富をもたぬ生活のなにかを知らずに育ったマンダーソンは、新しい時代のアメリカ財閥の子として、富豪階級の伝統と習慣とに落ちつき、安定した人生を楽しく送るものと思われていたが、かれの場合はいささか趣きを異にした。もちろんかれは、その幼時から受けた教育によって、富める者にふさわしい生活環境についてのヨーロッパ的考え方を植えつけられていた。金をいくらかけようと、それをおのれの口からは叫びたてない。けばけばしさを避けた壮麗さこそ、趣味として望ましいものと教えられていたのだ。だが、その一方において、かれが享(う)けついだ五体のうちには、四十九年代の金鉱師、かれの祖先がそれであった投機師たちの、血が煮えたぎっているのだった。
 事実、かれの実業界における経歴の初期にあっては、天才的な賭博師以外のなにものでもなかった。だれよりも優秀な頭脳を、もっぱらスリルに富んだ投機に駆使して、むかうところ敵を知らぬ神童ぶりを見せた。セント・ヘレナ島には、《戦争とは美しき事業》の言葉が刻みこまれているが、若き日のマンダーソンも、ニューヨーク株式市場での壮烈な大乱戦に、おなじおもいを味わったにちがいなかった。
 そのうち、かれの身の上に変化が起きた。父親が死んだのは、マンダーソンが三十の年だったが、かれにふさわしい神の権力と栄光とが、新しい啓示となってあらわれたように思われた。アメリカ人特有の、すばやくて、かつ弾力のある適応性にもとづいて、株式市場の喧騒に耳をふさぐと、もっぱら、父親が遺した堅実な銀行事業に、その全力を傾注することにした。数年ならずして、その巨大な会社の全機構は、かれの手に掌握(しょうあく)されるにいたった。その会社たるや、よい意味での保守性、堅実性、資力からいって、荒れくるう実業界の大海に、毅然としてそそり立つ断崖にも似た存在だった。若いころには、世間の顔をそむけさせる行為も多かったが、それもいつか影を消して、あらゆる意味で、かれの人間は変わっていった。こうした変化の生じた理由は、だれも自信をもって説明することはできなかったが、おそらく、かれがただひとり尊敬の念をはらい、愛していたであろうその父親の、末期(まつご)の言葉がものをいったのではないであろうか。
 かれは金融界を牛耳(ぎゅうじ)る巨頭の地位を確保しっつあった。そしてまもなく、その名は全世界の証券市場に喧伝されるにいたった。マンダーソンの名を口にする者は、かれのうちに、アメリカ合衆国がもつ巨大な富の強固にして、底知れぬ基盤の象徴を見出だしているのだった。かれはカルテルの形成を志し、全国的な規模をもって各企業を統合し、誤りのない判断で、公私の各事業に、資本の援助をあたえた。そしてしばしば、指導的立場にあって、ストライキを粉砕し、貧しい労働者の家庭を破滅の淵(ふち)におとしいれた。鉱山、鉄鋼、牧畜、その企業がなんであろうと、いったんその労働者が、かれに反抗し、株序を乱す気配を示すと、かれはかれら以上に、無法で非情な行動に出るのを躊躇(ちゅうちょ)しなかった。ただし、これはみな、合法的な事業目的を遂行するためになされた。したがって、かれを呪い罵(ののし)る声は少なくなかったが、金融資本家と投機家たちのうちに、かれを非難する者はみられなかった。かれはアメリカ全土に手をのばし、富力の維持とその操作に邁進(まいしん)した。強力にして冷静、失敗を知らぬかれの行動は、偉大性に特別の嗜好をもつこの国の人々の喝采を享(う)け、《巨人》との異名をたてまつられるにいたったのだ。

……冒頭より

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