「トリストラム・シャンディ」(上下)

ロレンス・スターン/朱牟田夏雄訳

(上)ドットブック 704KB

(下)ドットブック 550KB

各1200円

「破天荒な小説」という言葉がぴったりの18世紀のイギリス文学の古典。「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」というのが正式なタイトルで、当然ながら語り手はトリストラム氏なのだが、そもそも話は母親の受胎から始まり、やっと誕生してもすったもんだのすえに名前が決まるまででも、たいへんな時間がかかる。途中で話題は突然わき道に脱線して、それがまた別のわき道へと続き、なかなか元に戻らない。かと思うと、真っ黒なページや真っ白なページ、マーブルペーパーのページ、抜けている章などが出現する。だが、父親のエピソード、伯父トウビーとその昔からの従卒トリムの物語など、脱線しても個々のエピソードは十分におもしろく、語りは絶妙で、終始笑える。夏目漱石はこの作品について「シャンデー程人を馬鹿にしたる小説なく、シャンデー程道化たるはなく、シャンデー程人を泣かしめ人を笑はしめんとするはなし」と書いたが、漱石の「猫」にはその影響があるとも言われる。なお、本作りのいたずらを再現するため、この作品にはテキスト版はない。

ロレンス・スターン(1713〜68)イギリスの作家、牧師。アイルランド生まれ。ケンブリッジ大学時代の知友ハル・スティーブンソンとの交流によって、モンテーニュ、セルバンテス、ロック、ラブレーらの著作に親しく接した。1760年に『トリストラム・シャンディ』を発表、一躍評判をとり、以後続編を書き続けたが、67年に第九巻を出して未刊に終わった。

立ち読みフロア
 第一章

 私めの切な願いは、今さらかなわぬことながら、私の父か母かどちらかが、と申すよりもこの場合は両方とも等しくそういう義務があったはずですから、なろうことなら父と母の双方が、この私というものをしこむときに、もっと自分たちのしていることに気を配ってくれたらなあ、ということなのです。あの時の自分たちの営みがどれだけ大きな影響を持つことだったかを、二人が正当に考慮していたとしたら――それが単に、理性をそなえた生き物一匹を生産するという仕事であっただけでなく、ことによるとその生き物の肉体のめでたい体質や体温も、あるいはまたその生き物の天分とか、いや、その気だてなどさえも――いやいや、ご本人たちが知ろうと知るまいとにかかわりなく、その生き物の一家全体の将来の運命までもが、そ の二人の営みの時に一番支配的だった体液なり気分なりによって方向をきめられるかも知れないのだということまでをふくめて――こういうすべてを二人が正当に考慮し計量して、それに基づいて事を進めていてさえくれたならば、この私という人間が、これから読者諸賢がだんだんとご覧になるであろう姿とは、まるでちがった姿をこの世にお示しすることになったろうと、私は信じて疑わないものです。――よろしいですか、善良なお方々、これは皆さんの多くがお考えになっておられるほどそれほど下らない問題ではありませんぞ――あなた方はむろん動物精気のことをお聞きになっておられると思う――その精気が父から子、子からまたその子という風に伝えられてゆくことやら、その他そういう類のことをいろいろご存じにちがいない。――そこで、これだけは信用してきいていただきたいのですが、人間の分別も無分別も、人間がこの世で成功するのもやりそこないをするのも、その十中九までは、もとはといえばこの動物精気の動きやはたらき、精気がどういう通り道を与えられるかによってきまるのですぞ。したがって、正しい通り道にせよまちがった通り道にせよ、いったんこの動物精気というやつがある道を通って動き出したとなったら、これは決してどうでもよい問題ではありません――そいつらはまるで気ちがいみたいになってガタガタまっしぐらに進んでゆきます。そして同じところを後から後からと進んでゆくうちに、やがてそこを、庭の通路のような平々坦々な道路にしてしまいます。そうなってしまってからでは、たとえ悪魔の力をもってしても、やつらをそこから追払うことは時にまったく不可能なのです。
「ねえ、あなた」私の母が申したのです。「あなた時計をまくのをお忘れになったのじゃなくて?」――「いやはや、呆れたもんだ!」父はさけびました。さけび声はあげながらも、同時にその声をあまり大きくしないように気をつけてはいました――「天地創造の時このかた、かりにもこんな馬鹿な質問で男の腰を折った女があったろうか?」え? 何だって? 君のおやじさんは何て言ったんだって?――いえ、それだけです、ほかには別に何とも。

 第二章

 ――それじゃ、君、それだけのお母さんの問いだったのなら、別によいも悪いも何もないとわしは思うがなあ。――それじゃ申し上げますが、すくなくともはなはだ時を得ない質問だったわけです――なぜって、その質問のせいで、動物精気がちりぢりバラバラに分散しちまったんです。せっかく護衛役で精子の小人(ホマンキュラス)と手に手をとり合って、受け入れてくれるはずの場所まで無事にその小人(こびと)を案内してゆく役でしたのに。
 精子の小人というのはですね、あなた、なにしろこの軽薄な世の中ですから、偏見にみちた愚かな人たちの目にはどんなに卑しい笑うべきものと映っているか知りませんが、――科学の探求にたずさわる理性ある人の目から見れば、もろもろの権利に固く守られた、れっきとした生き物であることは明々白々な事実なのです。最も細かなことを調べる学者たち――その人たちはついでですが最も大きな理解力を持っているのです(つまり魂の大きさと研究対象の大きさが反比例しているわけで)、その人たちが、争う余地のないまでに明らかにしてくれているところでは、精子の小人もわれわれを創ったのと同じ御手で創られます。――われわれと同じ自然の順序を経て生み出され――動く能力もわれわれと同じように賦与されています。――精子の小人もわれわれと同じように、皮膚、毛髪、脂肪、肉、静脈、動脈、靱帯、神経、軟骨、骨、骨髄、脳、腺、生殖器、体液、関節、等をそなえ、――同程度の活動力をもった生き物であり、――また、言葉のあらゆる意味において、親愛なイギリスの大法官閣下に劣らず、正真正銘のわれわれの同胞なのです。――利益も受ければ危害もこうむる――救済を受けることもできる――一言で申しますならば、キケロ、プッフェンドルフ、その他最もすぐれた倫理学者たちが、およそ人間たる身分から必然的に発生すると認めているあらゆる人間の権利・資格を、そなえているのです。
 ところで、あなた、そのような精子がただひとり道をゆく途上で、何かの事故がその身をおそったとしたらいかが相なりましょうか?――あるいはまた、そのような年若の旅人にあり勝ちなことですが、事故を怖れるあまり、わが小紳士がその旅の目的地に、みじめにも消耗し切って、――その筋肉の力も男らしさも一筋の糸ほどにも萎(な)え切った状態で――紳士自身の持つ動物精気を何ともいえぬほどにかき乱された状態で――到着したとしたらいかがでしょうか?――そうして、そのような悲しい神経錯乱の状態で、紳士が長い長い九ヵ月の始終を、突然の発作的ビクつきやら、あるいは一連の陰鬱な夢や妄想やらにさいなまれつつ、気息奄々(きそくえんえん)と横たわっていたとしたら?――そういう間に、あとからはいかなる医師や哲人の秘術をもってしても到底完全には治療しがたいような、身心両面の無数の弱点を育てるどのような基礎が置かれてしまっているであろうか、考えても私は身ぶるいを禁じ得ないのです。

 第三章

 上に申しました逸話をこの私が知ったのは、一にわが叔父トウビー・シャンディ氏のおかげであります。この叔父をつかまえて私の父は、なにぶんすぐれた究理家で、世にもこまごました事柄にも綿密な理窟を考えないではいられない人物でしたから、この時受けた被害のことを、しばしば口をきわめてこぼしていましたが、ある時のこと、いちだんとつっこんだ話をしたのを、叔父トウビーははっきりとおぼえているのだそうです。それは、私の頭のすえ方が何とも形容しがたい妙な傾斜(というのが父の言葉だったそうですが)を見せるのを父が見て、この子がこうせざるを得ない根本の理由もわかるといって、――父は首を左右にふり、叱責というよりもはるかに悲嘆の勝った口調でこう言ったのだそうです。――どうもはじめから虫が知らせていたのだが、こういう首のかしげ方を見ても、またそのほかにもこの子をいろいろと観察した結果からも、いよいよまちがいないと思えるのは、この子が考え方も動作もよその子供衆のようにはゆかぬだろうということだ――が、それにしても、と父はもう一度頭をふり、頬をしたたり落ちる涙をぬぐいながらつづけたそうです――このトリストラムの不幸は、この子がこの世に姿をあらわす九ヵ月前に始まったのだ!
 ――そばにすわっていた私の母は、この言葉を聞いて顔を上げました――が、その言葉が何を意味しているのか、母には皆目(かいもく)わかりませんでした。――でも叔父トウビー・シャンディ氏は、例の一件を何度も聞かされていたので、――よくその意味がわかったといいます。

……巻頭より


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