「海と風と虹と」(上中下)

海音寺潮五郎作

(上)ドットブック 315KB/テキストファイル 173KB


(中)ドットブック 326KB/テキストファイル 186KB


(下)ドットブック 325KB/テキストファイル 184KB

各600円

平安の世、専横の貴族政治をくつがえし、天下改革を目ざした藤原純友と平将門の夢と野望を描く雄渾の歴史小説。藤原純友は、知略にたけて色を好むが、官途への望みを断ち、力による天下改革を夢見ていた。一方、坂東下総の住人で、官位を求めて京に上り、公家の専横と、盗賊・夜盗の跋扈する都の退廃を目にし、やや憂鬱の色をたたえるも、強靭な体躯をもつ平将門。純友は朝廷転覆の驚くべき野心を将門にもらす……伊予掾に任じられて都を去った純友は、西海の海賊追捕の兵に加わって功名を求める将門の無事を画策する。将門は東国に帰り、一族争闘に巻き込まれ、ついに叛乱を起こした。純友もこの機に「海賊大将軍」となって、一気に都を攻略すべく、淀川河口に大船団を集結させた。このとき一筋の虹 が空にかかる。

海音寺潮五郎(1901〜77)鹿児島県伊佐郡大口村(現在の伊佐市)生まれ。本名は末富東作(すえとみとうさく)。国学院大学高等師範部国漢科を卒業後、中学教師を務めながら、創作をおこなう。1934年から歴史小説を発表しはじめ、36年「天正女合戦」と「武道伝来記」が認められて第3回直木賞を受賞。以後、歴史小説・史伝ものの第一人者となった。前者の代表作は「平将門」「海と風と虹と」「蒙古来たる」など、後者では「武将列伝」「悪人列伝」「西郷隆盛」(絶筆・未完)など。

立ち読みフロア
哲学と実技(テクニック)

 とうに夜が明けていることは知っているが、ねむ気が去らない。女が起き上がって、しのびやかに朝の身じまいをしていることも知っているが、目があかない。うつらうつらと半睡半醒(はんすいはんせい)の境をたどりつづける。たどりながら、考えている。
(男はおなごといつまでも一緒にいることは出来はせん。しばらく一緒にいると、胸の底にむずむずと動き出してやまんものがあって、どうしても飛び出して行かんでおられなくなる。ところが、おなごは反対だ。いつまでも一緒にいたがる。いつまでも男を側に引きとめておきたがる……。こうまでたがいの性質がちがうところを見ると、男とおなごの中は、しょせんは争いじゃな。争うたあげく、男が本来の性質に従うて、おなごの側から飛立って行くか、おなごに負けて側にへばりついているか、するよりほかはないということになる。――ふうむ、こりゃおもしろい。なかなか深遠じゃぞ。こんど、氏忠(うじただ)老に語って見よう。前人未発の見じゃというて、おどろくかも知れん……)
 ここまで考えた時、ほぼ平均に保たれて来た睡気(すいき)と醒気(せいき)の均衡がやぶれ、はっきりと目がさめた。
 純友(すみとも)はむくむくと起き上がった。
 せい一ぱいののびをして、大あくびした。
「お目がさめまして」
 女はやさしく声をかけた。
「ああ、よく寝た。今日はこう寝坊してはならんのであったに、寝心持のよいままに、寝すごしてしまった。大方、もう辰(たつ)(午前八時)の刻(こく)をまわっているでありましょうな」
 さわやかな声で言って、起(た)ち上がった。声のさわやかさは、十分に寝足りたからでもあるが、哲学を早速に実行に移す心づもりがあるからでもある。衣桁(いこう)に手をのばし、かかっている着物を着にかかった。
 女は、鏡とさしかけていた紅皿(べにざら)をおいて、あわてて立って来て、男の手から狩衣(かりぎぬ)を受取って、ふわりと背に着せかけた。
「お食事がすむまで、おくつろぎのままでおよろしいのに」
 ちょいと鼻を鳴らし気味に言う。
 二十(はたち)前後、小がらなからだつきと、初々(ういうい)しい顔つきをしている。家格になっている官位をきわめつくしたところで、従五位下、陰陽頭(おんようのかみ)にしかなれない下級公家(くげ)の姫君にしては、品のよい美しさがある。
「その食事をしているわけに行かんのです。こう遅くなっては、どもならん。よっぽど遅うなってしまったのですわい」
 帯をしめ、ゆがんだ立烏帽子(たてえぼし)をただし、枕べから中啓(ちゅうけい)をひろい上げた。今にも、そのまま辞去しそうだ。
「あれ、まあ! 今朝はもうご一緒に食事は出来ないのでございますの」
 と、姫君はおどろいた。顔色がかわって、今にも降り出しそうになった。
「ついついお側に三日いました。のっぴきならん用がさしせまって来ました。もう、供の者がまいるはず」
「今日は、お朝食のあと、父がお目にかかりたいと申していましたのに」
 姫君は思い切り悪く言う。こちらは、出来るだけさらさらと言う。
「そうでしたか。しかし、いたし方ありません。頭(こう)の殿には、よろしく申しておいて下さい。なに、四、五日中には、まいりますよ」
 哲学を案出するのはわけはないが、実行にうつすには相当技法(テクニック)がいり、強い意志がいる。
 そこに、待ちかねた、供の者が迎えに来たと、小女(こおんな)が知らせて来た。
「よし。すぐ行くと申してくりゃれ」
 腰をあげて、つかつかと姫君に近づき、抱きおこして立たせ、両頬と両瞼(まぶた)とに軽く口づけし、最後に唇と舌とをちぎれるばかりに強く吸っておいて、すたすたと歩き出した。
 強烈な口づけに、姫君は目の前がくらくらとなったのであろうか。目をつぶり、呼吸をあえがし、そこに居くずれていた。

 迎えに来たのは、十五、六の少年であった。紅(あか)い水干(すいかん)を着て、素足に草履をはき、童形(どうぎょう)の髪は根元をくくって、背中に結び下げにしている。主人の刀を柄(つか)をつかんで、さかさまに肩にかついでいた。栗丸(くりまる)というのがその名だ。
 栗丸の名は、その顔立ちからつけられた。日やけした色がそっくりである上に、上部がせばまり、下部がひらいたところが、その実をへた(ヽヽ)を下にしてすえたに似ているからだ。国許(くにもと)で、奉公にまかり出た日、純友がつくづくと見て、笑い出し、
「われは栗そっくりな顔をしとるのう、これから栗丸と呼ぶ。そう心得い」
 と、申し渡したのだ。それから四年の間、ずっとそう呼ばれているので、本名は自分も大体において忘れた。大体において忘れたとは妙な言い方をするが、本名で呼ばれたら、相当まごつき、とっさには誰のことかいなと思うに相違なかろうからだ。
 純友はこの栗丸を従え、午前八時頃の、よく晴れた、秋の陽(ひ)をひたいに浴びながら、真直ぐに河原に出た。
 彼の歩きぶりには、顕著な特徴がある。はばひろく、分厚い肩をゆすり気味に、大股に歩くのだが、その足どりはいかにも軽やかで、しなやかで、弾力的だ。猫属(びょうぞく)の巨獣の歩きぶりのように、野性的でもあれば、優雅に見えるところもある。京の公家衆には見ない歩きぶりだ。公家衆は最もすばやい変化を秘めて見えるこんな歩きぶりは野蛮な武士のものとしてきらいだ。といって、東国武士のものとは違う。騎馬でばかりいる東国武士の足は内側に曲っていて、歩行ぶりはいささか不器用なようにさえ見える。純友のそれは西の国の、それも船に乗りなれた瀬戸内海の島々や、その周へんの国の武士のものであった。
 顔立ちは、太い眉と、かがやきの強い爛(らん)とした目と、隆(たか)い鼻筋と、やや分厚な唇と強い意志的な口もとを持ち、口ひげとあごひげがある。さして濃いひげではない。鼻下のは真中がややあいており、あごのはちょんぼりと短くとがって、なんとなく好色的な感じさえただよわせている。年は、そうさな、二十四、五、ひょっとすると七、八になっているかも知れない。
 全体として、特別そう大きくたくましいのではないが、見かけは大きく、たくましく、堂々とした感じであった。
 河原の草は黄ばんで、向う岸に乞食(こじき)小屋がならび、数人の乞食の姿が見え、音を立てて流れている浅く清らかな川には、水蒸気が立ちのぼっていた。
 純友は真直ぐに水際まで来て、ざぶざぶと手を洗い、口をすすぎ、顔を洗った。つめたくて、よい気持であった。
 ふところから、白い麻布を引出し、ぬれた手や、顔や、首筋を、ごしごしと拭(ふ)きながら、日輪にむかって拍手し、さらに川上の賀茂の森に向って拍手、拝礼した。
 そうしていながら、ぶつぶつと述懐していた。
「おなごと寝ている時、思いもかけん知恵が湧くことがあるので、三日三晩、居つづけてみたが、思いつくところはなかった。しかし、別段いそぐことはない。河岸(かし)をかえてみよう。しかし、こんどは誰のところへ行くかだ……」
 ともかくも、一応帰宅して、食事して、それからのことだと、河原を下って少し行ったあたりで、つい足もとの一きわしげった草むらの中で、むくむくと人の動くけはいがしたかと思うと、袴(はかま)の裾(すそ)に近く、きたない手のひらがぬっとあらわれて、ぴょこぴょことしゃくった。何かのっけてくれと頼んでいるようにも、行きすぎようとするのをとめているようにも見える、手のひらの動きだ。
 もっとも、純友はおどろく色はない。立ちどまって、しげみの中を凝視して、
「誰じゃ」
 と、低く言った。
「ヘヘヘヘ、ヘヘヘヘ」
 いやしげな、愛想笑いとともに、ぼろぼろのものをまとった、垢(あか)だらけの乞食が這い出して来て、足もとにうずくまった。
 純友は見おろした。
「何かおもしろい話があるのか」
「へえ。ちょっこら、おもしろい話がごわります」
 乞食のよごれたひたいには、半ば髪に蔽われて古い刀創(かたなきず)のあとが赤黒く光りながらななめに走って兇悪な感じの人相になっているが、純友は気にしている様子はない。
「言ってみろ」
「西の京の四条、猪熊(いのくま)に太政官(だじょうかん)の小史(こふひと)で、石麻呂(いわまろ)というのがいます」
「うん」
「つい昨夜のこと、公事(くじ)で遅うなって中の御門(みかど)から内裏(だいり)を退出し、車に乗って、東の大宮通りを下って行ったと思し召せ」
「うむ」
「石麻呂は目から鼻にぬけるような小気のきいた男でござるによって、近頃、京中(みやこじゅう)がしきりに物騒であるので、その用心をいたしました。車中で装束を全部ぬいで、おりたたみ、車の畳の下にしき、冠としたうず(ヽヽヽヽ)(足袋)ばかりの裸となっていましたところ、二条から西へ車を向け、美福門にさしかかる頃、あんのじょう、月の光の中にぬす人共がはらはらと立ちあらわれたと思し召せ」
「うむ、うむ」
「一人は車の轅(ながえ)をおさえ一人は牛飼童(うしかいわらべ)をなぐりつけましたので、童は牛をすてて逃げ去りました。車のうしろには雑色(ぞうしき)が数人いたのでごわりますが、これまた盗人共が刀をふりかざしておどかしますと、わっ! とさけんで逃げ去ったと思し召せ」
「よし、よし、たしかに思し召してやるぞ」
「盗人共は皆集り、車のすだれを引き開けてみましたところ、赤裸(あかはだか)で冠だけかぶった男が、笏(しゃく)をかまえ、うやうやしくすわっているのが、さし入る月光(つきかげ)の中に見えたのでごわります」
「ハハハ、おもしろいな。それから?」
「これはどうしたわけじゃい、と、ぬす人どもがおどろきあきれながら、言うたと思し召せ」
「うむ、うむ」
「小史は笏をささげ、上役衆にもの申上げるように拝(はい)をして、『東の大宮で、ご同職衆にとめられ、早や引きはがれてしもうたのでござる。せっかくのところに、まことにお気の毒』ぬす人共は、ドッと笑って、そのまま立去りましたげな」
「ハハハ、ハハハ、ハハハ」
 純友の笑いは、いかにもおもしろげで、くったくなげで、明るい河原に高々とひびきひろがった。それに力を得たのであろう、乞食の話しぶりは熱を帯びて来る。
「小史は盗人共の遠くへ行ってしまったのを聞きまして、『やよ、やよ、皆まいれ、もう大事ないぞよ』と呼ばわりますと、牛飼童も、雑色男共もかくれていた物かげから出てまいりましたので、供ぞろいを立てなおし、立ちかえりました由。まことに、盗人の上越すはしこい心と、河原の者共、皆おどろいています」
「やれ、おもしろかった。ついでのことに、もう一つ思し召してやろう。その盗賊共の中の一人に、汝(われ)もいたと、まろは思し召しているぞ!」
「めっそうもない!」
「そらよ! おもしろい話を聞かせてくれたにより、ほうび」
 中国銭を数枚、河原の石ころの中にちゃらちゃらと落して、歩き出していた。

 乞食から聞いた話は、おもしろかった。純友は冠と《したうず》だけの裸の男が笏をかまえて、うやうやしく拝をしながら応答する姿を思い描いて、クックッと笑い、太政官の小史石麻呂というたな、いつか逢(お)うてみようと、つぶやきながら、東ノ洞院高辻(といたかつじ)の屋敷にかえった。
 この邸宅は、元来は公家の邸(やしき)なのだが、当主が国の守(かみ)となって、北陸の方に行き、のこされた女だけの家族らには、こんな広い家はいらないので、家族らは東の対(たい)の屋(や)に住み、あとを彼に貸しているのであった。
 純友は寝殿の廂(ひさし)の間を居間にしている。そこで、明るく、広い庭を眺めながら、飯を食った。
 銀の鋺(かなまり)に飯をもり、湯漬けにして、干魚(ほしうお)と瓜の漬物をおかずにして、食べた。うまかった。銀の箸と鋺(わん)とがふれて、すずしげな音を立てるので、一層すすんで、五膳もかきこんだ。女は腹をへらす。
 十分に食べ、大いに満足していると、郎党の金剛(こんごう)がまかり出て、隅っこにうずくまった。これも何かと世間のめずらしい話を聞きあつめて来ては報告するように、言いふくめてある男だ。
「何ぞありそうだの」
「へえ」
 金剛といういかめしい名にふさわしくない、やさしく、おとなしやかな、色白の顔立ちの、三十男だ。
「ございます。ございます」
 といいながら、板じきをいざり寄って来た。、
「語れ」
 脇息(きょうそく)にもたれ、楊子(ようじ)づかいしながら、聞く姿勢となった。
「五条河原に集っていた傀儡子(くぐつ)共が、昨日から東の市(いち)の前の広場におし出し、奇妙なことをはじめました」
 五条の河原に傀儡子の群れが集って、衣冠した男神、金冠をひたいにあてて礼装した女神の小さな像を祭り、その前で傀儡子楽(がく)を奏して、祭事を行い、京中の崇敬を集めてにぎわっているのは、この夏純友が一年ぶりに国から上京した時には、もうはじまっていた。
 その頃までは、にぎわうと言っても、それほどのことはなかったが、その後二月ほどの間に、日を追って大盛況となり、人々は季節の野菜やくだものや、魚鳥や、さては高価な織物や財宝まで、おしまず神前に陳列寄進して、半狂乱のていになりつつあるのだ。
「奇妙なこととはどうなのだ?」
「あの男神像、女神像が、それぞれに性器をそなえていることを、殿はご承知でありましょうか」
「見たことはないが、そのように聞いてはいる。まざまざしい色どりまでしてあるそうじゃな。アハハ、しかし、それがどうしたのだ」
「傀儡子共は東の市の前におし出し、一層大きな祭壇をもうけ、一段と美々しくかざり立てをし、男神と女神に《まぐわい》の様を演じさせ、それを『とこ世の契(ちぎ)り』と申して、一紙、半銭でも奉献して礼拝すれば、災厄即滅、七福即生の利益(りやく)があると説き立てているのであります」
「やあ、そりゃおもしろい。これはぜひ見たい。すぐ行こう。供せ」
 立上がった。
 東の市は、今の西本願寺のある地点にあった。東ノ洞院高辻からそう遠いところではない。すぐついた。
 市の前の広場は喧騒をきわめ、日和(ひより)つづきで乾ききって、ほこりが濛々(もうもう)と立てこめて、よほど近づいても、何がそこで行われているかわからないほどであったが、突如、そこから、
「喧嘩だ! 喧嘩だ! 喧嘩だ!……」
 という声がはじけ上がった。

……冒頭より

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