ポー怪奇傑作集

「アッシャー家の崩壊」

ポー作/佐々木直次郎訳

ドットブック版 144KB/テキストファイル 72KB

300円

エドガー・アラン・ポーの怪奇小説の代表作「アッシャー家の崩壊」のほか、「早すぎる埋葬」「落し穴と振子」「罎の中から出た手記」「奇態の天使」の計五編の怪奇ものを集めた傑作集。エキスパンドブックには上のようなウィリアム・シャープのアクアチント版画を何点か収めてある。

エドガー・アラン・ポー(1809〜49) ボストン生まれ。両親を早くに亡くし、タバコ輸出業者ジョン・アラン家の養子となる。合衆国陸軍や雑誌編集などの仕事のかたわら、詩や小説を発表。30歳ごろから「アッシャー家の崩壊」「モルグ街殺人事件」などの代表作をつづけさまに世に送り名声を得た。しかし次第にアルコールに溺れ、1849年、ボルチモアの酒場の前で泥酔状態で倒れているところを発見され、ほどなく死去した。

立ち読みフロア
 雲が重苦しく空に低くかかった、もの憂《う》い、暗い、寂寞《せきばく》とした秋の日を一日じゅう、私はただ一人馬にまたがって、妙にもの淋《さび》しい地方を通りすぎて行った。そして黄昏《たそがれ》の影があたりに迫ってくるころ、ようやく憂鬱《ゆううつ》なアッシャー家の見えるところへまで来たのであった。どうしてなのかは知らない――がその建物を最初にちらと見たとたんに、堪えがたい憂愁の情が心にしみわたった。堪えがたい、と私は言う。なぜならその感情は、荒涼とした、あるいはもの凄《すご》い自然のもっとも峻厳《しゅんげん》な姿にたいするときでさえも常に感ずる、あの詩的な、なかば心地よい情趣によって、少しも和らげられなかったからである。私は眼《め》の前の風景をながめた。――ただの家と、その邸内の単純な景色を――荒れはてた壁を――眼のような、ぽかっと開いた窓を――少しばかり生いしげった菅草《すげぐさ》を――四、五本の枯れた樹々の白い幹を――ながめた。阿片耽溺《たんでき》者の酔いざめ心地――日常生活への痛ましい推移――夢幻の帳《とばり》のいまわしい落下――といったもののほかにはどんな現世の感覚にもたとえることのできないような、魂のまったくの沈鬱を感じながら。心は氷のように冷たく、うち沈み、いたみ、――どんなに想像力を刺激しても、壮美なものとはなしえない救いがたいもの淋しい思いでいっぱいだった。なんだろう、――私は立ちどまって考えた、――アッシャー家を見つめているうちに、このように自分の心をうち沈ませたものはなんだろう? それはまったく解きがたい神秘であった。それからまた私は、もの思いに沈んでいるとき自分に群がりよってくる影のようないろいろの妄想《もうそう》にうち勝つこともできなかった。で、そこにはたしかに、我々をこんなにも感動させる力を持ったまことに単純な自然物象の結合がある《ヽヽ》のだが、その力を分析することは我々の知力ではとてもかなわないのだ、という頼りない結論に落ちるより仕方なかった。また、この景色の個々の事物の、つまりこの画面のこまごましたものの、配置をただ変えるだけで、もの悲しい印象を人に与える力を少なくするか、あるいはきっと、すっかり無くなすのではあるまいか、と私は考えた。そこでこの考えにしたがって、この家のそばに静かな光をたたえている黒い無気味な沼のけわしい崖縁《がけぶち》に馬を近づけ、灰色の菅草や、うす気味のわるい樹の幹や、うつろな眼のような窓などの、水面にうつっている倒影を見下ろした、――が、やはり前よりももっとぞっとして身ぶるいするばかりであった。
 そのくせ、この陰鬱な屋敷に、いま私は二、三週間滞在しようとしているのである。この家の主人、ロデリック・アッシャーは私の少年時代の親友であったが、二人が最後に会ってからもう長い年月がたっていた。ところが最近になって一通の手紙が遠く離れた地方にいる私のもとへとどいて、――彼からの手紙であるが、――それは、ひどくせがむような書きぶりなので、私自身出かけてゆくよりほかに返事のしようのないようなものであった。その筆蹟《ひっせき》は明らかに神経の興奮をあらわしていた。急性の体の疾患のこと――苦しい心の病のこと――彼のもっとも親しい、そして実にただ一人の友である私に会い、その愉快な交遊によって病をいくらかでも軽くしたいという心からの願いのこと――などを、彼はその手紙で語っていた。すべてこれらのことや、なおそのほかのことの書きぶり――彼の願いのなかに暖かにあらわれている真情《ヽヽ》――が、私に少しのためらう余地をも与えなかった。そこで私は、いまもなおたいへん奇妙なものと思われるこの招きに、すぐと応じたのである。

……《アッシャー家の崩壊》より


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