「蔦紅葉宇都谷峠」(文弥殺し)
つたもみじうつのやとうげ

河竹黙阿弥作/河竹登志夫校訂

ドットブック 169KB/テキストファイル 62KB

300円

文弥は芝片門前(かたもんぜん)に住む貧しい按摩。三歳のとき姉が石の上にとりおとしたのがもとで、両眼失明した。父の小兵衛は悪事三昧、家にも寄りつかない。老母おりくや姉の賃仕事と若い文弥の腕では、妹おいちと四人の暮らしがせいぜいで、座頭(ざとう)の官位を取るに必要な百五十両という大金など思いもよらない。――自分の過失ゆえと日ごろ心を痛めていたおきくは、ついにだまって吉原へ身売りし、百両の金をととのえる。あとの五十両は京都の師匠が貸してくれるだろう。――文弥は姉の真心に泣き、ひとり都へ上る。
いっぽう、伊丹屋十兵衛は恩ある主君のため何としても百両を返さねばならない事情があって、旧知をたよって、はるばる京都へ行ったが、その人はもうこの世になかった。思案にくれてむなしく帰る道すがら……東海道を下る十兵衛と、上る文弥は、駿(すん)州鞠子(まりこ)の旅籠(はたご)で運命の糸に導かれるように出会う。黙阿弥「世話物」の傑作。

河竹黙阿弥(かわたけもくあみ 1816-93)  江戸末期から明治にかけて活躍した歌舞伎作者。江戸の商家に生まれ、五世鶴屋南北の弟子となり、江戸中村座の座付き作者としてデビュー。当時の世相、風俗、人情を活写した「世話物(せわもの)」と、義賊にヒントを得た「白浪物(しらなみもの)」で大評判をとった。明治に入ってからは文明開化風俗に取材した「散切物(ざんぎりもの)」などを手掛け、江戸歌舞伎の集大成者といわれる。その作品は現在もくりかえし最も頻繁に演じられている。代表作に「文弥(ぶんや)殺し」「縮屋(ちぢみや)新助」「髪結新三(かみゆいしんざ)」「村井長庵(むらいちょうあん)」「河内山と直侍(こうちやまとなおざむらい))」(以上世話物)、「鼠小僧」「十六夜清心(いざよいせいしん)」「三人吉三(さんにんきちさ」「弁天小僧」(以上白浪物)などがある。

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【文弥】 まだ新しい草鞋(わらじ)の紐が、ぷっつり根から切れるというのは、どうやら心にかゝることじゃ。
【十兵】 なんの気にすることがあるものか。険阻(けんそ)な路(みち)を歩いては草鞋はすぐに切れるわな。
【文弥】 なるほど、そうでござりましょう。
〔ト文弥草鞋をなおし穿(は)く〕
【十兵】 どうかそれで穿けそうか。
【文弥】 まず間にあわせに結びつけました。
【十兵】 そりゃよかった、さあさあこゝへ来て一服のみなせえ。
【文弥】 ありがとうござりました。〔ト手拭にて手を拭(ふ)き、煙草入れを出し煙草をつぎ〕一つおかし下さりませ。
【十兵】 そりゃあそうと文弥さん、さっきから聞こうと思ったが、神奈川から胡麻(ごま)の蠅(はい)がお前をつけて来たというが、背負(しょ)ている包みの中には、何(なん)ぞだいじなものでもあるのかえ。
【文弥】 〔思入れあって〕へい、御親切な旦那様ゆえ、なにをお隠し申しましょう。背負(しょ)ております包みの中には金が入っておりまする。
【十兵】 いや失礼なことを言うようだが、お前が持っている金ならば、わずかな金であろうのに、なんでそれを神奈川から胡麻の蠅がつけて来たか。
【文弥】 旦那様方(だんなさまがた)の御身分ではわずかな金でござりましょうが、わたくしの身にとりましては、大(だい)まいの金でござります。
【十兵】 む大(だい)まいの金とはいくらそこに持っていなさる。
【文弥】 へい、百両持っておりまする。
【十兵】 えゝ。〔トびっくりして〕はて、大(たい)そう持っていなさるの。〔トぞっとして、金のほしくなりし思入れにて〕してまあお前は何しに京都へ。
【文弥】 はい、今出川(いまでがわ)の惣録(そうろく)へ、官位(かんい)を取りにまいりまする。
【十兵】 あゝ、若いとは言いながら大まいの金を持って、眼も見えぬ身で唯一人(ただひとり)、東海道を上(のぼ)ろうとは、さりとはあぶないことだの。
【文弥】 いえもう、人の気のつかぬよう、汚(よご)れ腐(くさ)った古襦袢(ふるじゅばん)の中へくるんでおきまする。もし途中にて盗人(どろぼう)に出逢った時は身ぐるみ脱ぎ、路用(ろよう)も別に胴巻(どうまき)へ五両入れてござりますれば、それを渡して襦袢(じゅばん)だけくれろというたら、気もつくまいと思いのほか、神奈川からつけて来るとは餅屋(もちや)は餅屋、怖(こわ)いことでござりまする。
【十兵】 そういう怖い目をせずに、江戸で官位はとられぬものか。
【文弥】 いえ江戸でも官位はとれますが、わざわざ京までまいりますは、今出川の惣録で今一老(いまいちろう)を勤めまするは、この文弥が師匠にて、もし官位でも取るならば五十や七十の金ならば貸してやろうと言わっしゃるゆえ、この百両に五十両借りて官位を取るつもり、それゆえどうも私(わたくし)がまいりませねばならぬ仕儀(しぎ)、連れがあっては却(かえ)って邪魔と、人の心のつかぬよう、泊まり泊まりで療治をいたし、一人で京へ上(のぼ)ります。
【十兵】 そういうわけなら仕方(しかた)がない。私(わし)も知らぬが盲人(もうじん)の官位は高いものだそうだ。譬えにもいう検校千両(けんぎょうせんりょう)、して百五十両で取る官位は、何という官位だね。
【文弥】 へい座頭(ざとう)の官位でござりまする。
【十兵】 はあ座頭の官位が百五十両とか、唯(ただ)一口に座頭の坊(ぼう)と口では言うが、はて高いものだな。
【文弥】 いえもう知らぬお方は、盲人(もうじん)の中では座頭が低いようにおっしゃりますけれど、なかなかもって容易に官位はとれませぬ。
【十兵】 はて、とんだものだ。〔トこのうち十兵衛始終(しじゅう)文弥の包みへ思入れあって金のほしきこなし〕知らぬ先(さき)はともかくも聞いて見れば剣難(けんのん)なのはこなたが背負(しょ)っているその百両、今夜のほどは脱(のが)れても、その百両を盗まれたら、こなたは何とする心だ。
【文弥】 この官金を盗まれますれば、私(わし)が運(うん)ももうこれまで、生甲斐(いきがい)もないことなれば、淵川(ふちかわ)へでも身を投げて死ぬよりほかはござりませぬ。
【十兵】 いやいや、そりゃあ悪い了簡、人間一生は塞翁(さいおう)が馬(うま)、悪い事のあった後(あと)ではまたよい事のあるものだ。よしや金を盗まれても死のうなどとは思いなさんな。そのまた金に利息をつけ、礼状添えてこなたの所へ返しにこないものでもない。死は一旦(いったん)にして安(やす)しとやら、かならず死のうと思いなさんな。こればっかりは私(わし)が意見、あだに思って聞かっしゃんな。
【文弥】 御親切な御教訓(ごきょうくん)、きっと忘れはいたしませぬ。ありがとうござりまする。
【十兵】 とんだ意見で大きにおくれた。さあ白(しら)まぬうちにすこしも早く。
〔ト時の鐘。十兵衛軒の提灯をそっと消し袂(たもと)へ入れる。文弥杖をついて行きかゝるを、十兵衛思いきって風呂敷包みを取ろうとする、文弥びっくりしてその手にすがり〕
【文弥】 こりや十兵衛様、な、な、何とさっしゃります。
【十兵】 (ぐっとつまり)さあ、この行先(ゆきさき)でこのような胡麻の蠅が出ようも知れぬ。気をつけて行かっしゃい。
〔ト包みを放す、文弥胸を撫でおろして〕
【文弥】 あゝ、私(わし)ゃ又(また)ほんまのことかと思うて、びっくりいたしました。
【十兵】 (これでは行かぬという思入れにて)いや文弥さん、こなたにちっと頼みがあるが、なんと聞いては下さるまいか
【文弥】 へい、御恩(ごおん)になった旦那様、身に適(かの)うた事ならば、
【十兵】 すりや、聞いて下さるか。
【文弥】 して、そのお頼みとおっしゃるは、
【十兵】 さあ、頼みというはほかでもない。その百両の金が借りたい。
【文弥】 えゝ。〔ト文弥びっくりなし、逃げようとするを十兵衛捉(とら)えて〕
【十兵】 サゝその驚きは尤(もっと)もだが、まあ私(わし)が言うことを一通(とお)り聞いて下され。〔ト誂(あつら)え合方(あいかた)になり〕なにを包もう、私(わし)は元(もと)さる屋敷の若党(わかとう)にて、友朋輩(ともほうはい)と喧嘩なし、既(すで)に命にかゝわるところ旦那様のお情(なさけ)で命助かり町家の暮らし、その御主人の娘御が勾引(かどわか)されて廓(くるわ)の勤め、御恩送りに身請けせし金の残りにつまりしところ、その金貸して下されたはその娘御の御舎弟(ごしゃてい)にて、金は殿より預かり金、一つよければまた二つと借りたる金を調達(ちょうたつ)せねば、御舎弟様の御難儀ゆえ、金の工面(くめん)に京都までわざわざ上(のぼ)ればその先(さき)の主人(あるじ)が死んだ後(あと)へ行き、いすかの嘴(はし)にすごすごと帰る途中で入用(いりよう)の金を持ったるこなたに逢い、どうも見のがすことがならず、いっそ取ろうか借りようかと最前(さいぜん)からとつおいつ、種々(しゅじゅ)の思いで言い出す無心(むしん)、長うとは言わぬほどに、わずか三月(つき)か四月(つき)のうち私(わし)に貸して下されば、その百両に利に利を添えて、きっとこなたに返そうほどに、無理なことだが文弥どの、どうぞその金貸して下され。
〔ト十兵衛思入れにて言う、文弥術なき思入れにて〕
【文弥】 だんだんの事情(いりわけ)を聞けば開くほど切(せつ)ないわけ、貸せとおっしゃるこの金は、胡麻の蠅につけられて今宵(こよい)取られてしまうところ、お前様のお陰(かげ)にて無事に我が手にある百両、義理にもお貸し申さねばならぬ金をば義理をかき、お断わりを申しますは、あなたよりもこっちにまた切(せつ)ない訳のあってのこと、三歳の年(とし)より眼の見えぬ私(わし)を不憫(ふびん)に思われて母や姉の艱難苦労(かんなんくろう)、この百両の官金 も 姉 が苦界(くがい)へ身を沈め、私にくれたる身(み)の代金(しろきん)、官位もとらず途中にて人に貸したの盗まれたのと言うては江戸へ帰られませぬ、そうなる時には御意見をそむいて死なねばなりませぬ。もし十兵衛さま、旦那さま、お慈悲深いあなたゆえ、こゝのところを幾重にもお聞きわけ下さりまして、どうぞお許し下さりませ。
〔ト文弥思入れにて言う、十兵衛も気の毒なる思入れにて〕
【十兵】 そういうわけの金と聞いては、よしや貸そうと言われても義理にもこれは借りられぬ。いま言ったことは水にして、聞かぬ昔と思って下さい。
【文弥】 〔嬉しき思入れにて〕すりや旦那さまには、この金を思いきって下さりますか。
【十兵】 おゝ思いきるとも、思いきるとも、すっばり思いきりました。
【文弥】 えゝ、それで安心いたしました。
【十兵】 とてものことに安心ついでに、私(わし)はこゝで別れましょう。
【文弥】 そりやまた何故(なぜ)でござりまする。
【十兵】 いったん無心(むしん)を言いかけたれば、私(わし)が送って行ったなら、こなたは却って怖(こわ)かろう、ちょうどこゝは峠の下(おり)口(くち)、これから先(さき)は足場もよければ気をつけて行かっしゃい。
【文弥】 そんならどうでもあなたには。
【十兵】 わかれて帰るがこなたの安心。
【文弥】 とはいえどうやら、
【十兵】 怪我(けが)せぬように、
【文弥】 え、
【十兵】 急がっしゃれ.
〔ト十兵衛花道へ行きかけ、思 入 れ あって抜足(ぬきあし)にて下手(しもて)へ帰り窺(うかが)いいる。文弥 花 道 の付際(つけぎわ)まで行き、向うへ思入れあって〕
【文弥】 旦那様(だんなさま)、おおきに御厄介(ごやっかい)になりました。お静かにおいでなされませ。もし十兵衛様、旦那様。〔ト向うへ思入れあって〕あ、もうおいでなされたようだ。〔ト思入れあって〕人の心は知れないものだ。眼の見えぬ身を不憫(ふびん)に思い、こゝまで送って下されしお慈悲深い十兵衛様が、うってかわって百両の官金貸してくれとの頼み、聞けば余儀ないお主(しゅう)がため、以前が武士とあるからはもし切(き)り取(ど)りでもさっしゃろうかと、思えばどうやらぞっとして、身の毛もよだつようであった。これから下りとあるからは、夜明けぬうちにすこしも早く、道を急いで、おゝそうじゃ。
〔ト時の鐘、山おろし。すこし棲みの合方になり、文弥上手へ行きかゝる。十兵衛うしろより脇差を抜き、切ろうとして悪いという思入れ二、三度あって、結局(とど)うしろから思いきって一刀あびせる。文弥これを知らず二足三足行き、がっくりとなり、糊紅肩先(のりべにかたさき)へにじむを、文弥さぐり見て、ぴっくりして〕
やあ、こりや。〔ト倒れる〕
【十兵】 文弥どの、堪忍(かんにん)して下せえ。
〔トまた一刀(かせ)切る。文弥おき上がりちょっと立ち廻わって〕
【文弥】 や、こりや十兵衛様、いやさ十兵衛どの、こりやこなたは私(わし)を殺して、この金を取る気だな。
【十兵】 割(わ)っつくどいつ事情(いりわけ)を話したとても貸さぬは道理、さらさら無理とは思わねど、その百両の金がないと大恩(だいおん)受(う)けたお主(しゅう)の難儀(なんぎ)、道にそむいたことながら、私(わし)も以前は若党奉公、武士の禄(ろく)を食(は)んだからは、切取(きりど)りなすも武士の習(なら)い、お主(しゅう)のためには換(か)えられぬ。そのかわりには一周忌(しゅうき)おそくともこなたの三年までには、金こしらえて身寄(みよ)りを尋ね、敵(かたき)と名乗(なの)って討たれる心、京三界(かい)まで駆(か)け歩(ある)き都合のできぬその金を持っていたのがこなたの因果(いんが)、欲しくなったが私(わし)の因果、因果同士の悪縁が、殺す所も宇都谷峠、しがらむ蔦(つた)の細道で、血汐(ちしお)の紅葉(もみじ)血(ち)の涙(なみだ)、この黎明(ひきあけ)が命のおわり、許して下され、文弥どの。

(序幕 宇都谷峠殺しの場より)

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