「ウォー・ヴェテラン」

フィリップ・K・ディック/仁賀克雄訳

ドットブック版 164KB/テキストファイル 113KB

500円

奇抜なアイデア、中途のサスペンス、最後の意外性、不可思議なシチュエーションで読者を惑わす魅力を持つディック・ワールドを垣間見る1冊。この短編集には「髑髏《どくろ》」「生活必需品」「造物主」「トニーとかぶと虫」「火星人襲来」の短編5作と中編「ウォー・ヴェテラン」を収めた。

フィリップ・K・ディック(1928〜82)米国カリフォルニア州サンタ・アナ生まれのSF作家。カリフォルニア大学卒。処女長編「偶然世界」で認められ、「高い城の男」(ヒューゴー賞受賞)「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(映画「ブレードランナー」の原作)など傑作を次々に発表した。ディックの作品では、現実と仮想世界との矛盾に最大の力点が置かれている、キレのよいSF短編の書き手としても知られる。

立ち読みフロア
「機会を与えてくれるのか?」コンガーは尋ねた。「先を続けてくれ。興味がある」
 部屋じゅうが沈黙していた。どの顔もコンガーを見つめている。彼はまだ灰褐色の囚人服を着ていた。議長はゆっくり身を乗り出した。
「おまえは刑務所に行くまでは商売はうまくいっていた――すべて非合法だが――かなり儲《もう》かっていた。それがいまは無一文で、これから独房であと六年を過ごすだけだ」
 コンガーは顔をしかめた。
「この評議会にとって非常に重要なある状況で、おまえの特殊才能を必要としている。それはおまえにも興味ある状況だ。ハンターだったな? これまで夜になると、狩りのために何度となく罠《わな》を仕掛けたり、藪《やぶ》に隠れたり、待ちぶせしたりしてきたな? ハンティングはおまえにとって満足の源のはずだ。追跡、徘徊《はいかい》――」
 コンガーはため息をついた。唇が歪んだ。「分かった。結構だ。要するに誰かを殺せというのだな?」
 議長は笑った。「順序を踏んでな」彼は静かにいった。
 車がゆっくり停まった。夜である。大通り沿いのどこにも明かりはなかった。コンガーは眼を凝《こ》らした。「ここはどこだ?」
 護衛の手が彼の腕に置かれた。「さあ、そのドアを通るんだ」
 コンガーは濡れた歩道に下りた。護衛がすばやく後に付き、それから議長。コンガーは冷たい空気を深呼吸した。前にそびえる建物のぼんやりした外郭を頭に入れた。
「この場所は知っている。前に見たことがある」彼は眼を細め暗闇に馴らした。いきなり用心深くなった。「これは――」
「そうとも。第一教会だ」議長は階段の方に歩いて行った。「予想どおりだ」
「予想どおり? ここが?」
「そうだ」議長は階段を上った。「われわれはかれらの教会には立入禁止なのを知っているだろう。特に銃器を持っていてはな!」彼は立ち止まった。二人の武装した兵士が前方の両側に浮かび上がった。
「問題ないか?」議長はかれらを見上げた。二人とも頷《うなず》いた。コンガーは内部に兵士が立哨しているのを見た。大きな眼をした若い兵士はイコンや聖像を見つめていた。
「なるほど」彼はいった。
「やむを得ないことだ。知ってのとおり、第一教会とわれわれとの過去の不和は異常なものだった」
「それはどうにもならないだろう」
「しかしそれはそれなりに価値がある。おまえにもそのうち分かる」

 かれらは廊下を通り中央の部屋に入った。そこには祭壇やひざまずく場所があった。議長は祭壇に眼もくれず通り過ぎた。小さな脇戸を開くとコンガーを手招きした。
「この中だ。急ぐのだ。信者たちが間もなく押し寄せてくる」
 コンガーは入ってから眼をしばたたいた。天井の低い小さな部屋で、古く黒い板壁に囲まれている。部屋じゅうに灰と香木を焚《た》いた匂いがした。彼は鼻をくんくんさせた。「何だ? この匂いは」
「壁の杯状飾りからだ。何だか知らん」議長はせかせかと奥に行った。「われわれの得た情報では、これまでここに隠されて――」
 コンガーは部屋を見回した。書物、書類、神聖な記号と画像。不思議な微かな震えが身体を貫いた。
「おれの仕事は教会の人間を巻き込むのか? もしそうなら――」
 議長は驚いて振り返った。「おまえは教祖を信じることが出来るか? それがハンターでも、殺し屋でも――」
「いや。そんなことはない。その宗旨は死への諦観《ていかん》や非暴力で――」
「それでは、この有様は何だ?」
 コンガーは肩をすくめた。「おれはもっと純粋なものだと教えられてきた。信者は常人とは異なるものを持っている。あんたはかれらと理詰めで話ができないんだ」
 議長はコンガーをじっと観察した。「おまえは誤解している。ここにはわれわれが受け入れるようなものは何もない。信者を殺すのは信者を増やすだけだと分かった」
「それではどうしてここに? 帰ろう」
「だめだ。重要なものがあるので来たのだ。おまえが目指す男の身元を確認するためにも必要なものだ。それがなければその男を見つけられない」議長の顔に薄笑いが掠《かす》めた。「おまえに別人を殺させたくない。それは極めて重要なことだ」
「失敗することはない」コンガーは胸を張った。「いいか、議長――」
「これは通常の状況下ではない。おまえはある人間を追うんだ。その男を見つけるためにおまえを送り込むんだ。彼はここにあるものしか残していない。それは痕跡に過ぎないが身元確認の唯一の手段だ。それがなくては――」
「それとは何だ?」
 彼は議長に詰め寄った。議長は退いた。「見ろ」彼は引き戸を開け、暗い四角な穴を見せた。「そこにある」
 コンガーは屈んで覗き込み眉をひそめた。「頭蓋骨! 髑髏《どくろ》か!」
「おまえの捜す男は二世紀前に死んだ。これは彼の唯一の形見だ。これだけが彼を捜す手がかりなのだ」

……「
髑髏《どくろ》」より

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