「超生命ヴァイトン」

エリック・フランク・ラッセル/ 矢野徹訳

ドットブック版 429KB/テキストファイル 179KB

700円

エリック・フランク・ラッセルの代表傑作! スウェーデンの科学者ビヨルンセン教授が急死した。急性の心臓病と診断された。ついで、イギリスのガスリー博士が、舗道で友人と話している最中に倒れて死んだ。やはり心臓病だった。二つの怪死は謎だったが、カメラ会社の工場が大爆発を起こし、同工場のビーチ教授が写した、正体不明の奇怪な光球生物が浮かび上がることによって、これらすべては地球外生命による襲撃と判定された! 超生命ヴァイトンの挑戦に、人類は絶滅の危機にさらされる!

エリック・フランク・ラッセル(1905〜78)イギリスのSF作家。エンジニアとして働きながらSFを書き始め、アメリカの「アスタウンディング・ストーリーズ誌」でデビュー。以後もおもにアメリカの雑誌に作品を発表した。「人類家畜テーマ」の代表作「超生命ヴァイ トン」のほか、「大いなる爆発」、短編集「宇宙の深淵より」など。

立ち読みフロア
「乳をしぼられるのをいやがって、騒ぎをおこそうとする最初の牛には、すぐに死が待ちうけているというわけだな」
 ペーデル・ビヨルンセン教授は、思いにふけりながら、そうつぶやいた。これは、おそろしい事実から生まれた新しい無気味な考えだった。教授は、ほっそりとした指で、齢(とし)に似合わず白くなっている髪の毛をかきわけた。その眼は妙に血ばしり、無気味な光をたたえている。ストックホルム市のあわただしいヘトルゲット通りに面した三階の窓から、教授は外を見つめてはいるが、往来をながめているのではない。
「そして、盗んできた蜜のまわりを飛びまわる最初の蜜蜂には、一撃が待ちかまえているのだ」
 と、教授はつけたした。
 そのような考えが、何を意味するのかも知らず、ストックホルムの町は、ざわめきつづけている。教授は黙りこんだまま、おそろしい瞑想にふけって、ながめつづけた。だが、とつぜん、その眼は上に向けられ、大きくひらいて、心配そうに輝いた。
 教授はゆっくりと窓ぎわから身を引いた。それはまるで、眼には見えないが手招きしている恐ろしいものから、ただ意志の力だけで、やっとうしろにさがったような動きだった。
 両手をあげて、かれは押した。うすい空気をむなしく押したのだ。錯乱したような両眼はまだ異様に冷たくきびしいが、恐怖をはるかに越えた何かに輝きながら、狂おしく、窓から天井へと這ってゆく形も色もない一点を追っている。
 たいへんな努力をしてうしろにむくと、教授は口をあけ息をつきながら走りだしたが、ドアまでたどりつかぬうちに、ひとあえぎすると、よろめき倒れた。こわばった手は、卓上カレンダーをつかんで、敷物(カーペット)の上へ落とした。かれはすすり泣き、両手で心臓をだくようにしたまま、静かになった。
 教授をそうさせた火花(スパーク)は消えていった。卓上カレンダーのトップの一枚が、どこからともなく吹いてくる言いあらわしようのない微風に、パタパタと音をたてた。その日付は二〇一五年五月十七日だった。
 警察がやってきたとき、ビヨルンセンは死んでから五時間たっていた。検屍官はおちつきはらって、心臓病と診断し、それ以上追及しようとしなかった。だが、せかせかとかぎまわったベーカー警部は、墓場からのメッセージが書かれたノートが、教授の机にのっているのを発見した。

 わずかな知識は危険なものだ。日がな一日、わたしの考えをおしつぶそうとしたり、一晩中、無意識のうちに夢みることをやめようとしたりするのは、人間として不可能なことだ。ちかいうちに、わたしが屍体となって発見されることは避けられないことだ。そのときは、かならず……

「かならず何だ?」
 ベーカーはそうたずねた。返事はない。警部をとびあがらせたはずの返事をする声は、永久に黙ってしまったのだ。
 かれは検屍官の報告を聞いてから、ノートを燃やした。教授は、その年ごろの連中と同じように、あまり多くのむずかしい勉強をしすぎて、年をとって気が変になってしまったんだ、と警部はそう結論した。実際にも、当局の見解からも、それは心臓病だったのだ。

 五月三十日、ガスリー・シェリダン博士は、ロンドンのチャリング・クロス通りを、あやつり人形のように、のろのろと、ぎこちない足どりで歩いていた。その眼は凍りついたように光り、空を見つめながら、足を機械的にすすめていた。盲目の男が、よく知っている道をたどっているような気味悪い様子だ。
 ジム・リーコックは、ぼんやりと歩いてゆくかれの姿を見たが、べつに変だとは気づかなかった。追いついたジムは「やあ、シェリー!」と大声をあげ、親しみをこめて肩をたたいた。そして、おどろいて立ちどまった。
 薄暮の青い光の中で、氷柱のように眼を光らせ、青ざめ緊張した顔をむけ、ジムの腕をつかむと、ガスリーはしゃべりだした。息づかいははやく、声は追いかけられているようだった。
「ジム! 会えてよかった! だれかに話さなくちゃいけないんだ……でなきゃあ、気が狂っちまうだろう。ぼくは、人類の歴史はじまって以来もっとも信じがたい事実を、発見したばかりなんだ。まったく想像を絶したことだ。しかもこれは、これまでいろいろと想像するだけだったり、頭から無視してきた多くのことの説明になるんだ」
「いったい何だね?」
 リーコックはいぶかしそうにそうたずねて、相手のゆがんだ顔をじろじろと見つめた。
「ジム……人間は、おのれの運命の支配者でないし、そうなれたことも決してないんだ。自分の魂の主でもなかったんだ。野生の動物だって……」
 かれは話をとぎらせて、聞き手をつかもうとした。その声はいやに高くなり、ヒステリックになった。
「ぼくはそのことを考えたんだ! ほんとにそれを考えたんだ!」
 かれの膝はぐにゃりと曲がっていった。
「やられたっ!」
 ガスリーは舗道にくずおれていった。
 驚いたリーコックは、いそいでかれの上にかがみこみ、シャツをひきさいて胸に手をあてた。鼓動は感じられない。いままではげしく打っていた心臓はとまっていた――永久に。シェリダンは死んでいた。明らかに、心臓病だ。
 同じ日の同じ時刻、ハンス・ルーサー博士は、まったく同じようなことをやった。太ったからだで見かけによらず、すごい速さで実験室を横切り、かれはまっしぐらに階段をかけおり、廊下をつっきった。肩ごしに何度もふりかえる恐怖に満ちた視線は、みがいたメノウのようだった。
 電話にたどりついたかれは、ふるえる指でダイアルをまわし、ドルトモンド新聞社が出ると、編集長を出してくれと声をはりあげた。両眼はまだ階段のほうへ向けたままで、受話器が耳にあたってふるえている。かれは電話口にむかってさけんだ。
「フォーゲル、歴史はじまって以来、もっともおどろくべきニュースがあるんだ。たっぷり紙面をあけるんだ、すぐに……手遅れにならんうちにだぞ」
「くわしく話してくれないか」
 フォーゲルはがまんづよくうながした。
「地球はたいへんな警告をうけているんだ……芝生に立ち入るな、だ!」
「へっ、へんだ!」
 フォーゲルは、おもしろくもなさそうに答えた。電話の上についた小さなスクリーンの中に動くそのいかつい顔は、科学者の気まぐれといったことになれた人間らしい、がまんづよい表情をうかべていた。
「聞いてくれ!」
 ルーサーはどなり、ふるえる手の甲で額をふいた。
「ぼくのことは知ってるじゃないか。ぼくが嘘をつかないことはわかってるだろう。冗談じゃないんだ。証明できないことを言ったりしないよ。それで、現在と、おそらく過去数千年のあいだ、この面倒な世界は……ああ……あああっ!」

 受話器はコードのはしでふらふらとゆれ、かん高い声を立てていた。
「ルーサー! ルーサー! どうしたんだ?」
 ハンス・ルーサー博士は答えなかった。かれはゆっくりと両膝をついてゆき、異常にきらめく目をぐるりと上にまわして、横に倒れた。その舌はゆっくり、非常にゆっくりと一回、二回唇をなめた。かれは死に、おそろしい沈黙があとにのこった。

……巻頭より

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