「野性の叫び」

ジャック・ロンドン作/山本政喜訳

エキスパンドブック 463KB/ドットブック版 135KB/テキストファイル 98KB

300円

「バック」は安定した飼い犬の境遇から一転して、橇(そり)引き犬としての過酷な生涯を背負わされる。つぎつぎに代わる主人たち、仲間の犬たちとの対決と交流、さらには友情が、北米の凍てつく大地を舞台に展開する。そうしたなかでいつしか、「バック」は深い森の奥から聞こえてくる野性の呼び声を耳にする。放浪と苦難のうちに作家生活をすごしたアメリカの作家ジャック・ロンドンの「ユーコン物語」の代表作であり、動物文学の傑作。姉妹編「白い牙」もどうぞ。

ジャック・ロンドン(1876〜1916) サンフランシスコ生まれ。幼いころから働き、アラスカや南洋諸島を放浪。カリフォルニア大学に入学したが、学資は自分で稼いだ。アラスカのゴールド・ラッシュに加わり、これが作家としての契機になった。28歳のとき「野性の叫び」で認められ、以後人気作家となって20年間に多数の作品を発表したが、41歳でみずから命を絶った。代表作「野性の叫び」「白い牙」。アメリカ本国はもちろんだが、諸外国で最もよく読まれているアメリカ作家でもある。

立ち読みフロア
一 原始の中へ

年へる放浪の念(おも)いは昂(たか)まり
習慣の鉄鎖を憤(いきどお)る
その冬の眼りから再び
野性の旋律が眼ざめる

  バック〔犬の名〕は新聞は読まなかった、もし読んでいたら、彼のみでなく、ピュージェット・サウンド〔ワシントン州の北端にある港〕からサン・ディエゴ〔カリフォルニアの南端、メキシコに近い都市〕までの間にいる筋肉が強くて長い暖かい毛の犬全体に災難がさしせまっていることを知ったことであろう。人間どもが、北極圏の暗黒の中を手さぐりしたあげく、ある黄色い金属を発見したので、また汽船会社や運送会社がその発見をしきりに宣伝していたので、何千という人々が北国へと押しかけていたのである。こういう人々は、犬をほしがった。そして彼等のほしがる犬は、労役に堪える強い筋肉と霜から身を護る毛深い毛皮をもった、がっちりした犬なのであった。
 バックは日当りのよいサンタ・クララ・ヴァリーにある大きな家に住んでいた。それはミラー判事邸と呼ばれていた。それは道路からはなれて、半ば木立ちにかくれていた、そしてその木々の間から家の四囲をめぐっている広い涼しげなヴェランダがちらほら見えていた。その家へ行くには、ひろびろとした芝生の間をうねり、高いポプラの交錯した枝の下を通っている、砂利を敷いた庭内車道(ドライブウェー)を通ってゆくのであった。家の裏では、表のほうより何もかもずっと規模が大きかった。馬丁とボーイが十人もたかってしゃべっている大きな厩舎(きゅうしゃ)、幾列もある蔓草(つるくさ)のからんだ召使いの住居、整然と果てしなく並んだ納屋、長々とつづく葡萄棚、緑の牧場、果樹園、いちご畑などがあった。掘抜き井戸のポンプ装置とセメントで固めた貯水池があって、そこではミラー判事の子供たちが毎朝その貯水池にとびこみ、暑い午後にはここで涼んだ。
 そしてこの大きな屋敷内をバックが支配していた。ここで彼は生れて、ここで生涯の四年間をすごしていた。ほかにも犬がいるにはいた。こんな広大な場所に他に犬がいないわけはなかったが、そんなのは物の数ではなかった。そういう犬は来たかと思うと往(い)ってしまう。雑居の犬小屋に住んでいるか、あるいは日本産の狆(ちん)「ツーツ」やメキシコ産の無毛犬「イザベル」のやりかたにならって、家の中の引っこんだところで、居るか居ないかわからないような生活をしているのであった。……この連中は妙な奴らで、家の外へ鼻をつきだすことも、地面に足をつけることも滅多になかった。他にフォックス・テリヤがすくなくとも二十匹ほどいて、箒(ほうき)や棒雑巾で武装した女中の一隊に護られて窓から自分らを見ているツーツとイザベルに向って、いまにひどい目にあわせてやるぞと脅かすように吠えたてた。


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