「荒野の狼」

ヘルマン・ヘッセ/永野藤夫訳

ドットブック版 174KB/テキストファイル 174KB

500円

普通の社会生活に適応できないハリー・ハラーは精神的な分裂状態に悩まされている。自分のなかの「荒野の狼」は苦悩と不幸の源になり、阿片製剤入りの鎮痛剤をあおり、ときおりどうしようもない死の誘惑に駆られる。脱出口を見つけられないこうした彼の前にヘルミーネという女性があらわれる。そしてその世話でダンスと愛技の名手マリーア、サックス吹きのパブロに出会う。めくるめく異世界との接触は仮装舞踏会でクライマックスに達する…そこには「魔法劇場」が待っていた。壮年ヘッセが描いたファンタジー。七十年代、ヒッピーたちのバイブルともなった。

ヘルマン・ヘッセ(1877〜1962) 南ドイツの小さな町カルヴの宣教師の息子。時計の歯車磨き助手、書店員などをへて、「郷愁」で広く認められて作家に。作品はすべて自伝的で、苦悩をへてある種の解脱へと到達する内容が特色となっている。代表作「郷愁」「車輪の下」「デーミアン」「荒野の狼」「知と愛」「シッダールタ」「ガラス玉演戯」。

立ち読みフロア
 この本は、本人がよく使っている表現でわたしたちが「荒野の狼」とよんだ、あの男の残した手記である。その原稿に紹介の序文が必要かどうかはともかくも、荒野の狼の原稿に数枚をそえて、彼の思い出を書きとめたい。わたしが彼について知っていることは、ごくわずかで、特にその過去と素姓は今も全然わからない。しかし、わたしは彼の個性から強い、それでも同感できる印象を受けた。
 荒野の狼は五十くらいの男で、数年前のある日わたしの伯母の家によって、家具つきの部屋を借りたいといった。彼は屋根裏部屋とその隣りの小さな寝室を借り、数日後トランク二つと大きな本の入った箱を一つもってまたやって来て、九ヵ月か十ヵ月わたしたちの家に住んだ。彼はひっそりとひとりで住んでいた。わたしたちの寝室が隣あっているので、偶然にときどき階段や廊下で出会わなかったら、わたしたちは多分しりあわなかったろう。この男は社交的ではなかったからである。今までみたこともないほど非社交的だった。実際、彼はときどき自称したように、荒野の狼だった。わたしの世界とは別の世界から来た、異様で、荒々しい、全く内気な存在だったからである。もっとも、彼がその素質と運命にもとづいてどんなに深い孤独になれ、この孤独をどんなに意識的に自分の運命と認めたかは、わたしは彼がここに残した手記から、初めて知ったのである。だが、とにかくその前からときどきちょっと出会ったり、話したりしたので、彼といくらか知りあった。そして、手記からえた彼のイメージが、知りあうことによってえた、むろんいくらかぼんやりして不完全なイメージと、結局は一致するのを知った。
 偶然に、わたしは、荒野の狼が初めてわたしたちの家にやってきて、伯母の所に間借りしたとき、居あわせた。彼は昼時やってきた。食器がまだテーブルに出ていて、わたしは事務所へ行くまで、まだ三十分間(ま)があった。初対面のとき彼から受けた、変ったひどく分裂した印象が、忘れられない。彼はあらかじめ鈴をひいてから、ガラス戸から人ってきた。伯母はうす暗い玄関で、用向きをたずねた。ところが、この荒野の狼は、返事をしたり、名のったりする前に、髪の短いとがった頭を何かをかぐようにもたげ、鋭敏な鼻であたりをかぎまわって「ああ、ここはいいにおいだ」といった。彼はそういってほほえみ、人のよい伯母もほほえんだ。でも、わたしはこのあいさつの言葉を、むしろこっけいだと思い、彼が気にさわった。
「ところで、お宅の貸間のことでまいりました」と、彼はいった。
 三人そろって屋根裏部屋への階段をのぼっていった時初めて、わたしはこの男をいくらかよく見ることができた。彼はそう大きくはないが、背の高い人のように少しうなだれて歩いた。モダーンで着ごこちのいい冬外套を着ていた。それに、立派だが、むとんじゃくな服装だった。きれいにひげをそり、髪はごく短くしていたが、あちこちに白いものが交って光っていた。歩きぶりは始め全く気に入らなかった。どこかたいぎで、ためらいがちな所があり、それは鋭い強烈な横顔に、また話の調子や気質にも、一致していなかった。後で初めて気づき、聞きもしたのだが、彼は病気で、歩くのがたいぎだった。当時もわたしの気にさわった独特なほほえみをうかべ、彼は階段、壁、窓、階段の所にある古い高い戸だなを観察した。これらはすべて彼の気に入ったようだが、いくらかこっけいにも見えたらしかった。とにかく、この男全体は、見知らぬ世界から、いわば海外の国からやってきて、ここの物はなんでもすばらしいが、いくらかこっけいだと、思っているかのような印象を、与えたのだった。彼はていねいで、あいそさえよかったと、いわざるをえない。家、部屋、間代と朝食代、その他すべてにすぐ文句もいわずに同意した。だが、この男全体のまわりにはなじめない、どうもよくない、あるいは敵意のある雰囲気があった。彼は部屋をかり、寝室もかり、暖房や水やサーヴィスや居住者心得について教えてもらい、注意深くあいそよくきいていて、すべてに同意し、すぐ部屋代の前払いを申し出さえした。だが、それにもかかわらず、本気でないようにみえ、自分のやっていることをこっけいだと思い、まじめに考えていないようにみえた。それはまるで、ほんとは心の中で全く別の事をやっているのに、部屋をかりたり、ひととドイツ語を話したりするのが、彼には珍らしく新しいことであるかのようなぐあいだった。わたしのうけた印象はそんなふうのもので、いろんな小さな線で消したり、訂正されたりしなかったら、それは決してよくはなかっただろう。始めからわたしの気に入ったのは、まずその男の顔だった。それは変った表情なのに、わたしの気に入り、恐らくいくらか独特で、悲しげでもある顔だが、油断のない、とても思想のゆたかな、きたえられた、精神化された顔だった。そしてまた、わたしの心をなごやかにしたのは、彼のていねいであいそのいい物腰が、いくらかそれに気を使っていたのだろうが、全く高慢でなかったことだった――反対に、それにはなにか感動的といってもいいような、哀願するような所があった。わたしは後になってやっとその説明がついたのだが、彼のそういう所にわたしはすぐいくらかひきつけられたのだった。

……「編集者の序文」冒頭


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