「アーサー王宮廷のヤンキー」

マーク・トウェイン作/ 龍口直太郎訳

ドットブック版 509KB/テキストファイル 391KB

700円

そもそもの発端は喧嘩っぱやいヤンキーが頭にくらったバールの一撃だった。世界がパッと暗くなり、再び正気にかえってみると、なんと時は伝説のアーサー王の時代。騎乗の騎士たちや、すそをひきずる女たちの中で背広姿が目立たぬはずはない。たちまち囚われの身となり死刑の宣告! しかし彼は進んだ知識を身につけた近代人。突然まよいこんだ中世で科学を駆使し、アーサー王と円卓騎士団をけむにまくヤンキーの活躍やいかに? マーク・トウェインがSF的発想で描くユーモアあふれる異色作。

マーク・トウェイン(1835〜1910)ミズーリ州の寒村生まれのアメリカの作家。皮肉たっぷりのユーモアや痛烈な社会批判をアメリカ英語で展開、現代アメリカ文学の先駆者のひとり。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンス。12歳のとき、父の死により、印刷屋の従弟になり、その後新聞社で植字工として働き、かたわら、小品の投稿を始めた。30歳のときに発表して、のちに「その名も高きキャラベラス郡の跳び蛙」と改題された作品で、一躍有名になった。東部の上流階級の娘と結婚、その後はニューヨーク州バファローで暮らし、その後コネティカット州ハートフォードに移った。このころに書かれた三部作「トム・ソーヤーの冒険」「ミシシッピ川上の生活」「ハックルベリ・フィンの冒険」は、「王子と乞食」とならんで代表作となった。

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事の次第

 これからお話をする奇妙千万なる人物にわたしが出会ったのは、ウォリック城〔英国中部にある古城〕の中でであった。この男は次の三つの点でわたしの注目を引いた――気さくで飾りっ気のないこと、昔の鎧兜(よろいかぶと)におそろしく通じていること、それから、なんといってもしゃべるほうはご自分で一手に引き受けてくれたので、こちらをくつろいだ気持にさせたことだった。わたしたち二人は、慎(つつし)み深い人間がいつもそうするように、ゾロゾロと引率されて見物している一団の最後尾のところでバッタリ顔を合わせたのだが、この男はさっそくわたしの興味をそそるような事柄をあれこれ話しだしたのである。彼は静かな口調で、気持よく滔々(とうとう)と弁じ立ててゆくうちに、いつのまにか、スッとこの世界と時間とから抜け出し、ある遠い昔の時代の、とっくに忘れられた国へと漂うように入って行くみたいだった。そんなわけで、彼はわたしのまわりにジワリジワリと魔法の綾(あや)を織りなして、すっかりわたしを縛りつけてしまったものだから、わたしのほうもなんだかボーッとかすんだ太古の時代の物の怪(け)や亡霊ども、あるいは塵(ちり)や土塊(つちくれ)となりし者たちのあいだをさまよい、その遺物の一人と言葉を交(まじ)えているような気分になった!
 この男ときたら、ちょうどわたしが、個人的にいちばん近い友人とか、敵とか、あるいは、もっとも親しいわたしの隣人たちとか、そういった人のことを口にするのとまったく同じ調子でもって、円卓騎士〔『アーサー王物語』伝説で、アーサー王の部下が上下の別なく大理石の円卓を囲んで座ったことから、その騎士たちを《円卓騎士》と称した〕のサー・ベディヴィア、サー・ボース・ド・ギャニス、サー・ラーンスロット・オヴ・ザ・レイク〔円卓騎士中第一の勇士で《湖のラーンスロット》と呼ばれた〕、サー・ギャラハッド、そのほかすべて世に聞こえたる名前の持ち主たちのことを語るのだった――しかも、おしゃべりを続けるときのこの男ときたら、なんとまあ、老(ふ)けに老け、たとえようもないほど老け込み、色つやは褪(あ)せ、カサカサにひからびてカビが生(は)えたみたいに古ぼけ、爺(じじ)むさく見えるように変わったことか! やがて、彼はわたしのほうへ向き直り、まるでひとがお天気だとか、何かほかの日常茶飯事とかについて口にするといった調子でこう言った――
「あんたは霊魂の転生〔死後の霊魂が他の人間や動物の体に移ること。輪廻(りんね)〕というのをご存じでしょうが、時代間の――それに肉体間の、転換のことはご存じかな?」
 わたしはそんなことなど聞いたこともないと言った。相手は――ちょうどひとがお天気のことを口にするときのように――まるで知らんぷりで、わたしがちゃんと彼に返答したかどうかも意に留めなかった。それから、ちょっぴり沈黙が続いたが、それもすぐに有給の名所案内人(チチェローネ)の、物憂げな声によって破られた――
「これは古めかしい鎖(くさり)かたびらでございまして、時代は六世紀、アーサー王と円卓騎士の頃のもの、騎士サー・サグラモーア・ル・デジラスの所有するところであったと伝えられております。鎖かたびらの左の胸を貫いている丸い穴をとくとごらんください。いまもって原因不明ですが、鉄砲の発明以降――おそらくはクロムウェル〔イギリス清教徒革命の指導者(一五九九〜一六五八)〕の部下たちが、恨(うら)みをこめてぶちこんだ一発でできたものであろうと考えられております」
 わが案内人はニヤリと――現代風の微笑ではなく、ずっとずっと何世紀も前に世人が見せなくなってから久しいはずの笑い方で――笑ったが、さらに、明らかにひとりごとと思えるふうにこうつぶやいた――
「いいかね、わしは現場を目撃してるんだよ」それから、一息おいて、つけ足すように言った――「なにしろこのわしがやったんだからな」
 この言葉の電撃的な不意打ちから、わたしがわれに帰ったときには、男は、もうそこにいなかった。
 その晩ずっと、わたしは《ウォリック紋章館》にあって、雨が窓を叩きつけ、風が軒端(のきば)や角(かど)でゴーゴーと唸っているというのに、炉辺にすわり込み、はるかなる昔日の夢にひたっていた。時おり、かのサー・トマス・マロリー〔十五世紀英国の騎士で『アーサー王の死』の作者〕の筆になる、すばらしい名作をちょいちょいひもといては、その驚異と冒険談の数々をたっぷりご馳走にあずかったり、そこに出てくる古雅な呼び名のかぐわしさをぐっと吸い込んだりしては、ふたたびまた夢見る思いに戻るのだった。ついには深更(よふけ)に及んだので、寝酒(ナイトキャップ)のつもりで、もう一編読むことにした――これすなわち、以下に記すところのものである――

《いかにしてサー・ラーンスロットが二人の大男を殺し、城を解き放ったかについての顛末(てんまつ)》

……冒頭より


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